第28話 クリスマス 2(2)

 クリスマス当日は、朝から雪のパラつく天気だった。積もりそうにはないが、一応初雪と呼んでいいのだろうか。クリスマスに初雪とはなかなか風流だ。ただし、とんでもなく寒い。

 服装は、昨日と同じもこもこダウンにした。昨日は帰ってすぐに寝たこともあってか、疲れも取れている。思ったより私の体は丈夫なようだ。戸締りを確認して家を出る。

 いつもなら最寄り駅が同じ奈都と合流していくのだが、今日は一人で電車に乗った。スーパーに寄って食材を買うためである。

 もちろん、一人でお遣いができるかを試されているわけではなく、今日のメインディッシュである鍋について、涼夏から事前にこうお達しがあったのだ。

「食材を一人3つか4つ買ってきて。他の人に知られないように。内緒で」

 みんなで材料を持ち寄って、それで鍋を作ろうということだ。闇鍋というと響きが怖いが、一応鍋に合いそうなものを選ぶことだけは、事前に取り決めた。美味しくないのは論外だと、元料理部の鍋奉行が事前に警告した。

 ちなみに、味付けは多数決により味噌になった。満場一致と言っていい。私たちは味噌で育ち、うどんだっておでんだってトンカツだって、なんでも味噌で食べるのだ。

 スーパーの袋を持って電車に乗りたくなかったので、買い物は涼夏の家の近くですることにした。スーパーなどほとんど使わないのでとても新鮮だ。文化祭の時に買い出しで入った以来だろうか。その前は遡っても記憶にない。

 さて、鍋の食材である。メインはやはり肉だろう。ぶっちゃけ、豚肉と鶏肉だけ買っていけば、みんなとかぶってもダメージは少ない。ただ、野菜がないのは味気ないし、メンバーの顔を思い浮かべると、野菜を買わない可能性はあっても、肉を買わない可能性は低そうだ。

 野菜は何がいいだろうか。ネギはあっても良さそうだ。豆腐もいい。豆腐は果たして野菜なのか。

 白菜は大勝利すぎて、全員買ってきて大変なことになりそうだ。ただ、みんなそう思って誰も買わない可能性もある。

 レタスやキャベツ、キュウリ、ほうれん草はきっと違うだろう。トマトはトマト鍋にでもするならともかく、味噌とは喧嘩しそうだ。

 キノコ類はどうだろう。椎茸、エノキ、シメジ、エリンギ、ナメコ、キクラゲ。この中ではやはりエノキだろうが、貴重な1つをエノキに使っていいのか。

 そういえば、シメはどうするのだろう。麺類だと思うが、うどんかラーメンか。焼きそばはラーメンに使えるのか好奇心が疼くが、涼夏に苦笑いされそうなので冒険はやめておこう。そう考えると、帰宅部は堅実な部員しかいない。性格的には涼夏が一番チャレンジしそうだが、食に関しては至って真面目だ。

 いや、元気で勢いがあってテキトーな印象を受けるが、元々4人の中では涼夏が一番ちゃんとしている。もしかしたら、私が変なものを買ってくることを期待されているのかもしれない。

 攻めた方がいいだろうか。味はよく知らないが、ルッコラとチンゲン菜なら、少し珍しい上、大きな失敗はないだろう。豚肉はさすがにバラ肉にしておいたが、全員買ってきそうな気がする。シメも無難にきしめんにしておいた。うどんかきしめんなら、きしめんの方がいいだろう。

 袋をぶら下げて涼夏のマンションのインターホンを鳴らすと、妹が出た。想定していなかったので声が裏返り、恥ずかしくなりながら涼夏の部屋のドアをノックする。迎えてくれたのは涼夏だった。

「ナッちゃんと喋ってたら、何故か妹に先を越された。意味がわからん積極性だ」

 涼夏が苦笑いを浮かべながらそう言った。奈都が先に来ているのは、グループメッセージで知っていた。私も約束した集合時間より早く着いたが、奈都がやたらと早く来た気持ちはわかる。4人の関係性を考えたら、一番最後は嫌だろう。

 挨拶しながら靴を脱ぐと、妹が顔を出して明るい表情をした。

「あっ、お姉ちゃん一推しの綺麗な人だ!」

「こんにちは」

 勢いに圧されつつ、余所行きの笑顔を浮かべる。涼夏は家で妹と私の話をしたりもするのだろうか。チラリと涼夏を見ると、こちらは微塵も笑わずに口を開いた。

「秋歩。誰かを褒めることは、誰かを貶すことにも繋がるから気を付けて」

「難しいことを言うなぁ」

 妹が首を傾げながら部屋に戻っていく。

 リビングに案内されると、くつろいでいた奈都が「メリクリー」とぞんざいに手を振った。リビングはツリーこそ無いが、壁にはペタペタとクリスマスっぽい飾りがたくさん貼られていて、クリスマス感満載である。相変わらずの女子力だ。

「食材、とりあえず冷蔵庫に入れておくよ」

 そう言いながら、涼夏が私のスーパーの袋を台所に持って行く。奈都は何を買ったのか聞いたら、答えようとした奈都を涼夏が遮った。

「絢音が来るまで内緒にしよう。ほんの数分の辛抱だ」

 絢音からも、少し前に後10分ほどで着くとメッセージが来ていた。ソファに転がって奈都に腰を揉んでもらっていると、インターホンが鳴って涼夏が出迎えた。

 絢音はエコバッグを涼夏に渡しながら、背負っていたギターを床に下ろした。いつものと形が違うようだったので聞くと、小さなアコースティックギターらしい。見せてもらうと、木の温かみのある小振りの可愛いギターだった。

「今日はアヤのリサイタルか。しかも無料!」

 奈都が大袈裟にそう言いながら、大仏のように指で丸を作った。絢音が「お金取ったことないよ」と、楽しそうに笑う。キッチンカウンターの向こうで、涼夏が一人で「なるほどなるほど」と呟きながら、みんなの食材をカウンターに並べた。手招きされて立ち上がると、涼夏が笑いながら手を広げた。

「これが今日のお鍋の材料です。まあ、うん、まあまあだね」

「なんだそりゃ」

 肉類は豚バラはかぶったが、他には鶏もも肉に出来合いのつみれ、そしてもつ。後ろの二つは考えもしなかったので感心した。

 野菜はまさかの白菜を買った人がおらず、ネギ、水菜、椎茸、糸こんにゃくに、私の買ったルッコラとチンゲン菜。後は焼き豆腐が二人分に油揚げ。シメは私のきしめんと中華麺。相談なしでこれは奇跡的なバランスではなかろうか。

「ルッコラはかぶらないね。味の想像はまったくできないけど」

「チサ、GJだよ。味は知らないけど」

 絢音と奈都が手を叩く。どうも褒められている気がしないのは、私の性格が悪いのだろうか。それにしても、こうして並べるとすごい量だ。

「多いな」

 涼夏が食材を見つめながら、苦笑いを浮かべた。一応、涼夏に言われて一つ一つは少なめにしたのだが、それにしても女子4人で食べ切れる量ではない。

「みんな、忘れるな。これにさらにケーキがある」

 涼夏が急に真顔で忠告して、みんなでくすっと笑った。

「まあ、余った食材は猪谷家で引き取ってくれたらいいよ。私は糸こんにゃくに何の未練もない」

 絢音がそう言って、私と奈都も頷いた。涼夏が食材を冷蔵庫に戻しながら言った。

「そうさせてもらうよ。まあ、いざとなったらケーキを諦めてもいいし」

「それはない」

 3人の声が綺麗に重なって、4人で顔を見合わせて笑った。私の人生初のクリスマスパーティーは、なかなか楽しくなりそうだ。

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