第28話 クリスマス 1
2学期の終業式。今さら授業などなく、午前の早い時間に解放された。
部活は練習がある部とない部があるが、奈都がバトン部は練習すると言っていた。年内最後の部活らしい。帰宅部も活動する予定なので、同じだねと微笑んだら、実に曖昧な笑みを返された。
ちなみに、期末試験の成績は数日前に返ってきたが、38位だった。とりあえず30位台に戻ったのはよかったが、中間試験の目標が30位だったことを考えると、やはり満足のいく順位ではない。
最初同じくらいでスタートしたマラソンの集団が、次第に縦長になっていくように、頭のいいグループと悪いグループとの間に差が広がり始めた。結構頑張って勉強したが、それでも38位というのは、上位グループはもっと頑張っているか、頭の出来が違うのだろう。
帰宅部が誇る秀才、西畑絢音は6位だった。抜群の安定感だ。安定感と言えば、涼夏と奈都も中間くらいで安定している。私だけが大きく変動しているとため息をつくと、涼夏が不思議そうに首を傾げた。
「38位と51位って、そんなに違うかねぇ」
その差は13人。毎回30位くらい順位が変わる涼夏より僅差だが、1位と2位が大きく違うように、上に行けば行くほど1つの順位の重みが変わるのだ。そう説明したら、「天上人の悩みだね」と笑っていた。
何にしろ、授業から解放されて、2週間ちょっとの連休に入る。私が満面の笑みでその幸せに浸っていると、隣の席で帰宅部の男子が絶望的な表情で項垂れていた。
「どうしたの?」
声をかけて欲しそうだったので、仕方なくそう聞くと、川波君はよくぞ聞いてくれたと大きく頷いて、わざとらしく涙を拭う仕草をした。
「野阪さんの隣の席も今日までかと思うと、俺は3学期は何を楽しみに生きればいいだろう」
「江塚君と親交を深めたら? クリスマスとか、一緒に遊ばないの?」
もう一人の帰宅部男子の名前を挙げると、川波君はうーんと難しそうに唸って腕を組んだ。
「クリスマスに男二人はシュールだな。そっちは?」
「女子帰宅部は、お祭り事は賑やかに過ごす活動方針があるから」
「今こそ、男子帰宅部と女子帰宅部は合併して一つの部に!」
「ないねぇ。結構多くの部活が男女別だと思うけど」
そもそも帰宅部は部活でもなんでもないが、大真面目にそう言うと、川波君は諦めたようにため息をついて肩を落とした。
「残念だ。今までありがとう。野阪さんのおかげで、俺の2学期はとても楽しかった」
湿っぽくそう言いながら手を差し出されたので、流れで握ると、川波君がとても嬉しそうに微笑んだ。ほとんど同時に、遠くから女子の低い声がした。
「おうおう、にーちゃん。うちの若ぇ子に、手ぇ出すんじゃねーよ」
二人で声のした方を見ると、涼夏が近付いてきて、ブレザーのポケットに手を突っ込んだまま川波君を睨み上げた。可愛すぎてまったく貫禄がない。もちろん、本気で怒ったらかなり怖いが、今のはただの冗談だ。
「俺、もう一生手を洗わない」
「アイドルの握手会か?」
「猪谷さん、3学期の席替えで、また俺が野阪さんの隣になれるように細工してよ」
「そんなことができるなら、とっくに私が隣になってる」
「それはそうか」
納得したように川波君が頷く。悪いが漫才に付き合っている暇はないので、川波君に今生の別れを告げて絢音と3人で教室を出た。
初日から早速時間がたっぷりあるが、涼夏は昼からバイトがある。クリスマス前で忙しく、クリスマスに休むために、今日は半日、明日は一日バイトが入っている。
イブに一緒に遊べないのは残念だが、絢音も同様で、明日から早速冬期講習が始まり、塾でお勉強とのこと。それだけ頑張っていて、未だに行きたい大学が決まっていないというのが不思議でならない。そう言ったら、絢音が得意気に胸を張った。
「選択の幅を広くしておくのはいいことだよ。それに、勉強って面白いし」
「ちょっと意味がわからないですね」
私がおどけながら肩をすくめると、絢音はくすくすと笑っていた。
正妻は明日はバトン部の子とクリスマス会だという。所詮私などその程度の存在なのだと泣き喚くと、「クリスマス、空けたじゃん」と呆れられた。聞くと、元々パーティーはクリスマス当日を予定していたが、奈都が帰宅部を優先したため、イブの日に変更になったらしい。
奈都に合わせて日にちを変えてくれるとは、なんと愛されている子なのか。嫉妬しながらそう言うと、奈都は実に冷たい眼差しで私を見た。
「そっちは私に合わせてくれないでしょ?」
「奈都は帰宅部員としては素行不良だからなぁ。個人的な遊びなら、私が奈都に合わせるけど」
「それはどうも。私は涼夏たちとも遊びたいから。とにかくイブは諦めて」
ぴしゃりとそう言われて、私は深くため息をついた。
そんなわけで、明日は私は単発のバイトをすることにした。正確には明日だけでなく、年末まで何日かやるのだが、今回はイベントスタッフに挑戦する。夏にお世話になったカラオケ店にも電話したのだが、日数が短すぎるのと、今回は大学生の子で埋まってしまったらしい。
ちなみにイベントスタッフの方は、一応面接があったのだが、思いの外すんなり採用された。会場の設営を手伝ったり、物販の列整理や、入場後の案内をするだけなので、誰でもできる仕事である。どんな音楽が好きかと聴かれ、基本的にはあまり興味がないと正直に答えたが、雇ってもらえることになった。
私がその話をすると、涼夏が「だからじゃない?」と笑った。確かに、興味があるライブのスタッフをしていると、気もそぞろ、端的に言えばサボりそうな気がする。いっそそのイベントにまったく興味がない方が、淡々と仕事をこなしそうな印象を与えたのかもしれない。
「イベントスタッフってのも面白そうだ」
古沼のマックに入り、ポテトをつまみながら涼夏が言った。雑貨屋でのバイトももう半年以上になり、他の仕事もしてみたいという。もちろん、雑貨屋を辞めたいという意味ではない。仕事の内容も人間関係も大変良好なので、出来るなら高校を卒業しても続けたいし、なんならそのまま正社員になりたいと笑った。
「塾がなかったら、私も千紗都と一緒にやってみたい気持ちもあったんだけどね」
絢音が小さくため息をつく。どうやら夏に奈都と二人でバイトをしていたのが羨ましかったらしく、冬は少しアルバイトをすることも考えていたらしい。実際に親にも相談したが、ダメと一蹴されたそうだ。
「ダメっていう割には、お小遣いが増えるわけでもないし、私から可能性を奪わないで欲しい」
絢音が不服そうに愚痴を零して、思わず涼夏と顔を見合わせた。不貞腐れて文句を言っている絢音はなかなかレアだ。じっと見つめると、絢音が「何?」と首を傾げた。
「別に。反抗期の絢音可愛い」
私がにこにこしながらそう言うと、絢音はやれやれと首を振って手を広げた。
「私、二人が思ってるほど素直ないい子じゃないよ」
「少なくとも私たちの前では、素直ないい子だよ?」
「この空間には何の不満もない。しかし、家は違う」
突然芝居調にそう言った絢音が面白くて、涼夏と二人で笑った。
絢音の家は厳しく、涼夏の家はやや放置気味。そう考えると、私の家は過保護な上に甘い。有り難いことだと、シェイクのストローをくわえながら言うと、二人が可笑しそうに目を細めた。
「千紗都の甘やかされてる感、ハンパないよ?」
「時々我が儘な感じとか、すごく好き」
「それ、褒められてる?」
思わず眉をひそめたが、二人はケラケラと笑うばかりだった。あまり我が儘に振る舞っているつもりはないが、二人に依存して甘えている自覚はある。そういうところを言っているのかもしれない。
「ナッちゃんはどうなの? あの子、ちょっと変わってるよね。いい意味で」
涼夏が長いポテトをつまんで、私の口に近付けた。何も疑問に思わず、それを頂戴して頬張る。
「奈都の家は、ごく普通だと思うよ? 奈都が変わってるのは、オタクだからだよ」
「千紗都って、オタクに厳しいよね」
「厳しくないし。ゆるゆるだし。奈都大好きだし!」
強く否定しておいたが、実際のところ、嫌いでも苦手でもないが、偏見はあるかもしれない。偏見というと私側に問題があるように聞こえるが、現実オタク趣味の人たちにはある特有の傾向があって、奈都にもそれがあると思う。
絢音が奈都を擁護するように言った。
「私はどっちかというとナツ寄りだから、涼夏や千紗都みたいな、ファッションが好きでメイクしてアニメとかに興味のないパリピーみたいな子が、私たちを構ってくれるのが不思議でしょうがない」
「パリピーって久々に聞いたな。腕にハートのシール貼り付けてステージでエレキギター弾いてた絢音は、最もオタクピープルが遠ざける人種のような気がするけど」
「高校生でバンドとか、いかにもテンプレって感じで、むしろオタクそのものだと思うよ? ナツに勧められたアニメとか見てるけど、私は普通に面白いと思うから、だいぶ素質もあるね」
二人がオタク談議に花を咲かせる。奈都が絢音にアニメを勧めている光景を見たことがないが、二人はもう友達だし、私のいないところでやりとりをしているのだろう。しかも私は、あまりはまれなかった人間なので、奈都がよりわかってくれる子と話したがるのも仕方ない。
「私、絢音のこと、大好きだよ」
二人の話に区切りがついたところで、一応話題の発端となった絢音の言葉を拾っておいた。涼夏はいつも通り、何を言い出したのかという目で私を見たが、絢音は「ありがとう」と顔を綻ばせた。
春から今に至るまで、絢音に対して構ってあげているなどと思ったことはない。そもそも私はパリピーではない。根暗で友達も少ないコミュ障の女子高生アピールをすると、絢音が「それはない」と手を振った。
休みに入ったばかりの解放感もあって、ハイテンションで喋っていたら、涼夏のバイトの時間が近付いてきた。今日という日はまだまだ長い。駅に戻って涼夏の背中に手を振ると、絢音が私の手を握ってうっとりと目を細めた。
「二人きりだね。これからどうしよう」
誘惑するように甘ったるい声でそう言いながら、絢音が私の手の甲に指で「すき」と書いた。意味がわからないが、浮かれているのは伝わってきた。今日の絢音は随分と年齢相応の女の子だ。
「とりあえず、またビリヤードでもやろうか」
ここから冬休みを始めよう。大きく頷く絢音の手を引いて、私は幸せな2週間に一歩足を踏み出した。
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