第19話 文化祭 3
そもそも文化祭とは何か。これは私も後から知ったのだが、学習指導要項にも記載されている、言わばれっきとした授業の一つである。生徒たちが自主性と協調性を発揮し、日頃の学習の成果として何かしらの発表を行うというものらしい。
その文科省の言うところの文化的行事として、我がクラスの発表内容として最も多くの票を集めたのが、カフェという極めて凡庸なものだったことに、男子二人ががっくりと肩を落とした。
「悪くはない。悪くはないけど、あまりにも平凡だろ……」
「他に楽しそうなアイデアがいっぱいあるのに、これが多数決の弊害か……」
二人が頭を抱えながら、同意を求めるように私を見上げた。私は懇願するような眼差しを無視して、スマホで文化祭のカフェの画像を検索した。投票箱に用紙を入れる前にも何度か見たが、やはりどれも楽しそうだ。文化祭と言えばカフェ。まずはここだろうと、私もカフェに投じた一人である。幸いにも、1年でカフェをやるのはうちだけのようなので、結果オーライではなかろうか。
二人がどんな中学時代を過ごしてきたかは知らないし興味もないが、私は去年、文化祭に行っていない。友達を失くしてぼっちだった上、奈都が部活の展示に駆り出されて一緒に回れそうになかったから、仮病で休んだ。一昨年はまだ部活のゴタゴタが続いていたし、1年の時は文化祭を満喫するには幼すぎた。
要するに、私は文化祭というものを楽しんだ経験がないのだ。だから今年は、涼夏と絢音と一緒に楽しもうと思っていたし、まさかこういう立場になるとは思わなかったが、どうせなら頑張ろうと思っている。涼夏と微妙な空気になった夜、電話でそう伝えると、涼夏がスマホ越しに感動の声を上げた。
「わかった。千紗都がそう言うなら、私も前向きに取り組む。あの男たちを赦す」
とても偉そうだ。ともかくそうして、涼夏もバイトがない日は手伝ってくれることになった。猪谷組の江塚君が随分喜んでいたが、涼夏は塩対応している。それすら彼には嬉しいようだが。
出し物がカフェに決まった後、引き続き今度はコンセプトを募集している。これは多数決ではなく、出たアイデアの中からLHRの時に決めることにした。組織票で裸エプロンが大勢を占めたらかなわない。
カフェのコンセプトは何がいいだろう。ハロウィンには早いし、季節外れのクリスマスは大失敗しそうな気がする。ファンタジーなのも面白そうだが、予算内で衣装が調達できるとは思えない。
「うちには猪谷さんと野阪さんがいるから、可愛い衣装で集客数をアップしよう」
川波君が明るい声でそう言って、スマホの画面を突き出した。見ると、なかなかセンスの良い和風喫茶の写真だった。ヒラヒラのメイド服だったら殴ろうと思ったが、未遂に終わった。
「命拾いしたね」
「怖いし! まあ、予算が厳しいかな。野阪さんなら、エプロン着けるだけで可愛い」
「私は執行部だから、当日も裏方しかしない予定」
素っ気なくそう告げると、江塚君が慌てた様子で首を振った。
「今日までありがとう。後は俺たちがやるから、野阪さんは当日まで待機してて」
「そこまで?」
あまりにもくだらなかったので、少し笑った。私はともかく、涼夏の可愛さはクラスを越えて人気があるから、集客に繋がるかもしれない。
コンセプトと同じく大切なのはメニューである。ホットドッグくらい出したいが、調理が必要なものは保健所への許可が必要になるらしい。もっとも、そういう手続きは生徒会でまとめてやってくれるので、クラスとしては生徒会にプランを提出するだけだが、いずれにせよ大掛かりなものは避けたい気はする。メニューについても、次のLHRの時に話そう。
「まずはコンセプトとメニューを決めて、値段設定と予算。収益目標。役割分担と当日の段取り。他には何が要る?」
ノートにやることを書き出すと、川波君が言葉を繋げた。
「装飾と宣伝だな。看板とかポスターとかチラシとか。掲示板に貼るヤツは生徒会に許可を取らないといけないから、当日使うだけのものより先に作らないといけない」
「お金の話も早くしないとな。クラス費だけじゃ絶対に足りないから、みんなから徴収しないとダメだけど、理解を得るためには収支目標を立てて、徴収した分は返ってくるって言わないと」
「でも、メニューが決まらないと仕入がわからない」
「お金の話だけは先にしておいた方がいいな。ここだけは先生にも相談しておこう」
江塚君の意見に、私はこくりと頷いた。ちなみにカフェや模擬店の儲けは没収されるらしい。そもそもクラス費自体が持ち出しだし、利益が還元されると文化祭の目的が変わったり、展示内容が偏るというのがその理由だそうだ。私はそこはどうでもよかったが、涼夏は残念がっていた。あの子はもしかしたらお金が好きなのかもしれない。
帰宅部の二人と一緒に帰れない日が続くので、休みの日はガッツリと遊んだ。絢音のバンドの練習は順調のようで、是非練習に遊びに来てほしいと言われたが、行けるかはわからない。文化祭のリーダーは所詮は意見の取りまとめであって、自分で決めることは何もないから意外と楽なのではないか。最初はそう思っていたが、全然そんなことはなかった。まだカフェをやる以外、何も決まっていない今の時点で、なかなか忙しい。
次のLHRでも私は書記を務めて、投票されたコンセプトを黒板に書き出した。やはり無難にメイド喫茶が人気だが、その場合、男子は一体何を着るのだろう。私は気にしないが、女子の中には自分たちだけが容姿をアピールするのはおかしいと考えている子もいる。それももっともだ。
投票期間中に涼夏とその話をしたら、涼夏は「可愛いを売りにできなかったら、私は一体何をアピールすればいいんだ」と、真顔で首をひねっていた。涼夏の場合、家庭的なところとか優しい性格とか社交性とか、推せるところはたくさんあると思うが、学年でトップクラスの可愛さがあるからこそ、それらが引き立てられているのも確かだ。
他にもオフィス風とか、男の娘カフェとか、明治時代とか、西洋風とか、中には衣装は制服のままで、店内にジャズをかけようとか、インスタ映えするブースを作ろうとか、思ったよりもたくさんの意見が集まった。誰も協力してくれなくてボックスが空だったらどうしようと心配していたが、杞憂に終わった。もしくは、票を集める前にまた、川波君が「意見がなかったら男女全員水着エプロンだから」と言ったのが効いたのかもしれない。
メニューと合わせて、10分ほど自由に話し合ってもらうと、そこかしこから何が食べたいとか、あれはやりたいとか、これは作りたくないとか、ターゲットはどこにするとか、こういう空間にしたいとか、金銭的には大丈夫かとか、たくさんの声が上がった。
「うちのクラス、結構やる気あるんだね」
私が眉を上げて呟くと、川波君が何を今さらと肩をすくめた。
「野阪さん、普通に話せるんだし、もっと友達作ればいいのに。野阪さんと喋りたいって子、たくさんいるよ? 女子の中にも」
嘘を言っている感じではなかった。どうして私と喋りたいのかは謎だが、仲良くしたいと思ってくれるのは嬉しい。中学の時も、私は人気があったし、友達も多かった。けれど、気が付いたらみんないなくなっていた。そのトラウマから、必要以上に慎重になりすぎているのかもしれない。
「まあ、考えておく」
無難にそう言うと、川波君は大きく頷いて自分を指差した。
「じゃあ、まずは俺から」
「それはないかな」
「つれないなぁ」
川波君ががっくりと肩を落とすが、期待をさせては申し訳ないので下手なお世辞は言わないことにする。川波君に限らず、私は男子と仲良くする気はないし、正直なところ女子の友達を増やすことにもやはり消極的だ。私は涼夏と絢音がいて、時々奈都と遊べたら、それで十分満足なのだ。
クラスメイトの質問に答える形で、予算の話もした。利益は得られないが、追加で徴収した分には充てられる。ただし、売上が想定より遥かに少なかった場合、徴収分は返ってこないので、慎重に計算しなくてはいけない。
また、提供するメニューについても、屋内での火の使用は出来ず、手作りも禁止。官公庁が出している食中毒についてのリーフレットがあるので、それも紹介しながら可能な範囲を伝えた。
話が盛り上がっていたので10分延長して、一度意見をまとめる。やはり男女ともにメイド喫茶の人気が強いが、あまりにも今さらなのと、男子はどうするのかという意見が出たので、何人かが投票していた浴衣カフェを検討することになった。浴衣なら男女ともに公平に着られるし、コンセプトとしても個性的だ。
すでに持っていて、文化祭のために貸し出してもよい人を募ったら、何人かが気前よく手を挙げてくれた。帰ってから確認してみるという子もいたので、衣装の問題は予算を割かずに解決できそうだ。
「寒かった時は知らないけどね」
そんな声も出たが、それはまあ、模擬店でかき氷を売る部活の子たちも同じだし、天運に任せたい。
メニューの方は、ブームこそ去ったがタピオカは根強い人気があるから出したいという意見が多かった。容器については検討する。あれはオシャレな容器があってこそだと思うが、さすがにシーリングは難しい。タピオカドリンクだけだと苦手な人もいるので、トッピングにするのが良さそうだ。
食べ物については、ドーナツやマフィン、ベルギーワッフル、クッキー、サンドイッチ、プリン、ケーキなど、様々な案が出た。基本的には市販品をお皿に載せて提供する形になるので、仕入値と売値次第だろう。出た意見をまとめて、後日私たちで価格調査をすることになった。
時間が足りなかったので、係についてはまた後日決めることになったが、あらかじめどんな役割があるかを伝え、考えておいてもらうことにした。LHRの後、絢音が装飾係をやりたいと言ってきたので、暫定でOKする。そんなに積極的にやりたがる子はいないだろう。
放課後、絢音と二人で飾り付けに使うアイテムを見に行くことにした。男子二人が一緒に行きたがったが、デートの邪魔をするなと断った。ここのところよく駅まで一緒に帰っているから、友達がいる時くらい勘弁してほしい。
今日は涼夏はバイトがあるが、駅までは一緒だ。なんだかこうして3人で帰るのも久しぶりな気がする。
「誕生日会はどうなりそう?」
近況報告がてら聞くと、涼夏が笑顔で頷いた。
「部屋は確保した。妹は追い出す」
「じゃあ後はプレゼントと、何をするかだね。奈都にも確認しないと」
「文化祭じゃないから、そういうのいいし」
ついクセで段取りを考えると、涼夏が呆れたように笑った。奈都には涼夏が声をかけてくれたらしい。
「ナツとは仲良くしてる?」
絢音が心配そうに聞いてきたので、私は大きく頷いた。奈都とは毎朝一緒に学校に行っているし、元々帰りは一緒ではないから、会っている時間は減っていない。私が文化祭でクラスの展示を仕切ると言ったら驚いていた。もっとも、ほとんど男子二人に任せて、私は雑用しかしていないが。
駅で涼夏と別れると、百均の入っているショッピングセンターに向かいながら、絢音が言った。
「川波君たちはどう? 一緒に帰ってるって言ってたし、千紗都を取られないかすごく心配」
絢音が握った手に力を込めて私を見つめる。まったく無用な心配だが、気持ちはわかる。私も絢音が男子と喋っていると落ち着かないし、なんとなく不安になる。今はガールズバンドだから安心だが、LemonPoundで練習していた時はハラハラしていた。現にライブの後、絢音は男子メンバーから告白されている。友情と愛情はきっちり切り分けて欲しいが、男子はそういうのが苦手なのだろうか。
「悪い子たちではないね。でも、私を落とそうとかじゃなくて、男女混合の帰宅部を作りたがってるのは感じる。涼夏と一緒に阻止してるけど」
「私もそれは嫌かな」
「もちろん。私たちの仲は誰にも邪魔させない」
そう言いながら周囲を確認して、軽く絢音に口づけをした。絢音が驚いた顔で唇に手を当てた。
「どうしたの? キャラ変?」
「深刻な絢音不足。男子といる時間の方が長いとか、私には考えられない毎日を送ってるから、自分を見失い始めた」
「しっかり知的でクールな千紗都を保ってね?」
「私、そんなキャラだっけ?」
突っ込みながら二人で笑った。実際、柄にもなく積極的な行動を取っているせいで、自分がどうなふうに振る舞っていたか忘れてきた。文化祭が終わればまた自然に戻るだろうが、悪い意味で変わったと言われなければと思う。
ショッピングセンターに着くと、まず手芸用品店でテーブルクロスに使う布を物色した。大体の柄を把握し、金額をメモして百均に行く。
「浴衣って花火と夏祭りのイメージしかないけど、どういう飾り付けをすればいいんだろ」
店内で何か夏っぽい物を探しながら、絢音が悩ましげに呟いた。ハロウィンやクリスマスは装飾がわかりやすいが、浴衣は難しい。花火も夏祭りも夜だが、暗い店内にはしたくない。いっそ浮き輪やビーチボールでも置いて、海をイメージした店にしたらどうかと言ったら、絢音は「海に浴衣?」と不思議そうに首を傾げた。たしかに、夏しか共通点がなかった。
浴衣で画像検索したら、古い町並み、川沿いの柳、紫陽花などが表示された。「紫陽花はありだね」と絢音が顔を綻ばせる。私も画面をスクロールしながら頷いた。
「和風に長屋のイメージでもいいかもね」
「イメージは湧くけど、どうやって再現すればいいんだろ」
「大きな紙に描く? 文化祭っていうと、やっぱりみんなで床に座って、絵の具で何か描いてるイメージがある」
「千紗都の文化祭への憧れはすごいなぁ」
絢音がくすくすと笑う。憧れかはわからないが、とにかく楽しみたい気持ちは強い。
1時間ほどショッピングセンターの中をウロウロしてから、久しぶりにマックで一緒に勉強することにした。元々私と絢音の帰宅部の主な活動は勉強だったが、2学期になってからそもそも一緒に帰っていないので出来ていない。
「私、成績がキープ出来てたの、絢音と頻繁に勉強してたからだと思う。2学期の中間はヤバイかも」
ため息をつきながらポテトを口に放り込んだ。実際、家に帰ってからそんなに勉強するわけでもないし、私の成績がそれなりに良かったのは絢音のおかげである。文化祭に集中するのもいいが、勉強は勉強でしなくてはいけない。
「それは私も同じだよ。千紗都のおかげで、1学期はたくさん勉強してた。家だと兄弟がいるから落ち着かないし」
「部屋、一緒なの?」
「さすがにそれはない。でも、やっぱり人がたくさんいるとうるさいし、まあ一人っ子が良かったとは言わないけど、どっちもメリット、デメリットがあるね」
絢音がそっとため息をついた。塾に行っている子はたくさんいるし、私たちの活動は絢音にとっても勉強になっていた。しかも私はよく質問していたから、人に教えるのは勉強になると絢音が喜んでいた。文化祭が終わったら、速やかに通常運航に戻そう。
日の入りが少しずつ早くなっている。暗くなる前に店を出ると、いつも通り人目の少ないところで絢音に抱きしめられた。毎日軽いハグはしているが、じっくり抱き合うのは久しぶりだ。強めに背中を引き寄せて温もりを楽しんでいると、絢音がくすっと笑った。
「夏服の内にたくさん千紗都を味わっておかないと」
言い方が卑猥だ。相変わらず頭がおかしいが、私も同じようなことを考えていたから、人のことは言えない。
絢音が私の髪を背中の方に流して、耳に唇を触れさせた。そのまま久しぶりに耳の中を舐められたが、今度は悲鳴を上げずにグッと堪えた。こんな場所でなければもっと楽しめるのにと思ったら、頬が熱くなった。もっと楽しめるという意味が自分でもわからない。
「千紗都がクラスの文化祭委員に決まった時、守ってくれたのを思い出した。時々思い出すんだけど、あの千紗都には惚れた」
耳元でうっとりした声で絢音が囁いた。私の中では大したことをしたつもりはないが、あの日のことは絢音にも涼夏にもなんだか随分感謝されている。
「逆の立場だったら、たぶん絢音も同じことをしたと思うよ?」
「そうかなぁ。私は主張できないんじゃなくて、しないだけだって自分では思ってたけど、男子が絡むとちょっと自信がない」
「私が男に慣れてるみたいに言わないで」
「耳がおかしいんじゃない? 舐めてあげるね」
絢音が笑いながらそう言って、執拗に私の耳の中を舐めた。我慢できずに一度頭を離してから、唇を重ねる。こんなところで頻繁にキスしていたら、いつか誰かに見られて噂になりそうな気がしないでもないが、まあその時はその時だ。
文化祭の準備は楽しい。けれど、やはり早くいつもの帰宅部に戻りたくもある。過ぎていく時間が、ただもどかしい。
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