第18話 妹

 夏休みも残り数日となった。

 去年は半分くらい奈都と遊んだ以外は、ずっとぼっちで過ごしていた。奈都と遊んだといっても、1日数時間とか、少し会っただけという日もあるので、日中の時間数だけで見ても、8割以上は一人でいたと思う。

 しかも私は兄弟もいないし、親も共働きで家におらず、あまりにも退屈なのでせめて夏期講習に行かせてほしいと親に頼んで塾に行っていた。それ以外の時間もひたすら勉強していたおかげで、ユナ高に簡単に合格することができたし、その時の知識が今の勉強の理解にも繋がっている。

 もっとも、退屈だからやっていただけで、決して勉強が好きというわけではない。一応1学期は33位という上位の成績だったが、今でも平日塾に通っていて、勉強は遊びだとのたまう絢音は学年6位だし、さらにその上に点数がいい人が5人もいる。真面目に取り組んでいる人たちには到底及ばない。

 それはともかく、そんなふうに過ごした去年と比べて、今年の夏休みは本当に充実していた。友達と海やプールで遊ぶなど、私には一生縁のないイベントだと思っていたし、アルバイトもまさか高校生の内にするとは思わなかった。自分から言い出したとはいえ、もし奈都が付き合ってくれなかったら、やっていなかっただろう。

 そのアルバイトは、予定通り夏休みで辞めることにした。正確には、親の許可だけで可能なのは夏休み期間だけで、続けるには学校の許可も得なくてはいけない。適当な理由をつけて続けることも可能だが、私自身が帰宅部の活動以上にお金を必要としていないし、そもそもバイト先が夏休みの終わった平日の夕方に人を必要としていない。

 アルバイトも残り1回。奈都と一緒に入った後、バイトの仲間数人と送別会という名目で遊ぶことになっている。バイトを辞めても関係が継続すればと思うが、学校も違うしどうだろうか。

 宿題はとうに終わって、今は実力テストのために、1学期の復習をしている。親は私に甘いが、順位を落としたらもうアルバイトをさせてもらえなくなるかもしれない。30位以内を目指そうと朝から頑張っていたら、机の上でスマホが音を立てた。見ると涼夏からだったので、すぐに通話ボタンをタップした。

「もしもし?」

『おはよ。何してた?』

「勉強」

 短く答えると、涼夏は「ふーん」とそっけない返事をしてから、こう切り出した。

『今日、バイトないよね? 暇してない?』

 どうやら遊びの誘いらしい。ただ、涼夏は今日はバイトが入っていたはずだ。声のテンションも低いし、恐らくそこがこの誘いの本題だろう。敢えて触れないようにして、頷きながら答えた。

「私はいつだって暇してるよ。友達が3人しかいないから」

『じゃあ、ちょっと私の愚痴に付き合って。奢るから』

「うん」

 私の自虐風の冗談にも乗って来ない。別に奢ってくれなくても愚痴くらい聞くが、それすら言い出せる空気ではなかった。

 いや、もしかしたら、単に私が動揺してそう感じただけかもしれない。涼夏と出会って5ヶ月になるが、機嫌が悪いところを見たことがないし、愚痴を零しているのも聞いたことがない。誰だって機嫌の悪い日くらいあるだろうが、なんとなく涼夏だけはいつもにこにこして明るいイメージがあった。

 1時間後に恵坂でと言われて、慌てて準備した。今日は一日引きこもっているつもりだったので、ノーメイクである。非武装で涼夏と街で会うのは心許ないし、私は涼夏と同じで、自分を可愛くするのが好きだ。ただ、涼夏は人目を意識して顔を作っているが、私は自己満足なので動機はだいぶ異なる。

 服は考えている時間がなかったので、テキトーなワンピースを着ていくと、電車の窓に映る自分の姿にがっかりした。妙に子供っぽい。中のシャツは襟付きにすればよかったかもしれない。髪を結んだら印象が変わるかと、手で束ねてみたら、状況が悪化した。少し編んだら似合うかもしれないが、ただ縛ると運動部の女の子みたいだ。

 涼夏は先に待ち合わせ場所に来ていて、サロペットのポケットに片手を突っ込んでスマホをいじっていた。私には絶対に似合わない服の一つだ。そもそも着こなし方がわからない。似合わないというと、ビスチェも苦手なアイテムの一つだが、あれはそもそも何が可愛いのか理解できない。

「お待たせ」

 時間には間に合ったので、謝りはせずにそう言うと、涼夏は私の顔をじっと見つめてから、チラリと服に視線を落とした。なんとなく品定めをされているようで不安になる。私は弁明するように手を振った。

「いや、あの、時間がなかったの。ちょっと、なんかおかしいなって私も思ってる」

「私は別に思ってないけど」

 涼夏がそう言って、不思議そうに首を傾げた。その微笑みにはいつもの柔らかさがなく、声にも温かさが感じられない。何故か怒られたような気持ちになって、思わず「ごめん」と呟くと、涼夏はいつものように私の手を握って引いた。

「どこかに行こう」

「逃避行的なの? 誰もいない、二人になれる場所に……」

「千紗都の家に行こうかなとも思ったんだけど、今日はなんか甘いものが食べたい気分」

 手を繋いで街に繰り出した。帰宅部での活動同様、涼夏と二人の時はすべて涼夏に委ねる。しかも今日は涼夏から誘ってきたので、私が意見するのも憚られる。実際、涼夏もそんなことは求めておらず、真っ直ぐ私をカフェに連れて行くと、ケーキを注文して長い息を吐いた。

「千紗都はね、私のオアシスなの」

 そう言って、涼夏が私の目を見つめる。突然何を言い出したのだろう。いつもの冗談っぽいが、表情が硬くて突っ込める空気ではない。私が「オアシス……」と呟くように復唱すると、涼夏は満足そうに頷いた。

「そう。可愛い千紗都と美味しいケーキ。この2つをもってして気が晴れなかったら、私はもうおしまいだ。永眠する」

「何があったの? 今日、バイトだったよね?」

 慎重にそう尋ねると、涼夏は少しだけ身を乗り出して声のトーンを落とした。

「バイトは休みになった。他の子と調整しただけだから、それは別にいいの。問題はその後」

「えっと、妹?」

「そう! さすが千紗都。心が通じ合ってるね」

 涼夏が私を指差してウインクした。いつもテンションの高い子ではあるが、こんな仕草は初めてだ。明らかに空元気で、無理に明るく振る舞おうとしている。

 涼夏には中2の妹がいる。姉と同じでモテるらしく、中2にして彼氏がいて、しかも3人目だと前に涼夏が言っていた。両親の不仲と離婚を目の当たりにして恋愛を遠ざけている涼夏とは違い、随分と恋愛に奔放な妹らしい。

「私がバイトが休みになったから家にいるって言ったら、出て行けって言われたの。どうも、彼氏を連れ込む予定だったみたいなんだよね」

 涼夏がなんでもないように言って、水の入ったグラスに口をつけた。

 なるほど、話が見えてきた。涼夏の母親は仕事で家にいない。そして、涼夏もバイトで家にいないはずだった。妹はこれ幸いと彼氏を家に呼ぼうとしたら、姉のバイトが休みになってしまった。

「それで、結局出てきたんだ。優しいね」

 ひとまず肯定的な言葉をかけてみたが、涼夏は静かに首を横に振った。

「優しいわけじゃない。面倒だっただけ。たぶん、この夏休み中に……もしかしたらその前から、私のバイトの日に何回も彼氏を家に呼んでるんだと思う。今日1回邪魔したところでしょうがない」

「あー……」

 私は思わず頭を抱えた。確かに、学校のある日でも、バイトのある日は涼夏の帰りは母親より遅い。妹は確か吹奏楽部に入っているとのことだったが、毎日部活に行っているかも含めて、妹の行動を、涼夏も、恐らく涼夏の母親も把握していない。実際、彼氏を部屋に呼んでいることを、涼夏は今日初めて知ったのだ。

 運ばれてきたケーキを一口頬張って、涼夏は深くため息をついた。かなりイライラしているのを、必死に抑えようとして見える。そういうお姉ちゃんっぽさを私は微笑ましく思ったし、可愛いと思った。

 だから、油断した。

「なんかこう、苛立つんだよね」

 そう言った涼夏に、私は軽率な一言を吐いてしまった。

「それは、嫉妬の類?」

 ついからかうように言った途端、涼夏が鬱陶しそうに私を睨んだ。

「はぁ? んなわけないじゃんね」

 空気がピリッと張り詰めて、背筋に冷たい汗が伝った。先程まで、涼夏のイライラは妹に対して向けられていただけだった。だから私は、暢気に聞いていられた。しかし、今の一瞬、涼夏は私に対して苛立った。それは、4月に出会ってから今日までで、初めてのことだった。奈都とは何度も喧嘩しているが、涼夏とは今まで一度としてしたことがない。涼夏が私に対して本気で怒ることがあるなど考えたことがなかったし、私も涼夏に対して苛立ったことは一度もなかった。

「それはそうだね」

 努めて平然と失言を流す。ここで謝ったら、涼夏はどういう顔をしていいかわからなくなるだろう。それとも、少しでも怒らせてしまったことを、きちんと謝った方が良かったのだろうか。もしも今の一言が、今後の私と涼夏の仲に禍根として残るようなことがあったら、私は一生後悔することになる。

 私が緊張しながら、なるべくそれを表に出さないようにストローをグルグル回していると、涼夏が深くため息をついてから口を開いた。

「誰もいない部屋に彼氏を連れ込んで、一体何をしてるんだろうね」

「それは、わからないけど……」

 俯きながら言葉を濁す。本当にわからないわけではない。それは涼夏に伝わるようにした。私はその説明を求めていないし、そんなこともわからないのかと涼夏に呆れられたくもない。

 涼夏はもう一段声を潜めて、苛立たしげに棘のある言葉を吐いた。

「私は、いくらなんでも早いと思う。もしもの時、責任取れないでしょ? お母さんだって悲しませるし。産まなきゃいいってもんじゃないよね? やっぱり離婚するような家の子はそんなもんかって、そういう目で見られたくないし。そもそも、ちゃんとそうならないようにしてるのかも怪しいし、だからって私がいきなり性教育を始めるのも変じゃんね」

 一気にそう言って、涼夏は肘をついて頭を抱えた。悩みは私が考えたより深そうだ。ただ、どうも妹を心配しているという感じではない。一番の心配は母親のことであり、今何気なく言った世間からの印象のようだ。もしかしたら涼夏は、両親が離婚したことで偏見を持たれたり、心無い言葉を言われたことがあるのかもしれない。

 目の前で涼夏ががっくりと肩を落としている。いつものわざとらしい、冗談の落胆とは違う。いつもなら頭を撫でてあげれば喜ぶが、今は何をしても、何を言っても、逆効果になりそうな気がした。しかし、黙って座っているのも悪手に感じる。詰まるところ、私は愚痴くらいいつでも聞いてあげると簡単に考えたが、愚痴の聞き方がまるでわからないのだ。

 じっと黙って座っていたら、涼夏が絞り出すように言った。

「私も、一人っ子が良かった」

 その言葉に、私は思わず乾いた唇を舐めて、苦い顔で涼夏の髪を見つめた。妹などいなければ、こんなことを悩む必要はなかった。それは確かにそうだろう。

 だが、小学生の頃から毎日自分でドアの鍵を開けて、電気を点けて、話し相手もおらず、喧嘩もできず、ずっと一人で過ごしてきた私の孤独と寂しさを、涼夏はわかっているのだろうか。

 思わず出かかった言葉を、グッと飲み込んだ。それを言ったら、私だって兄弟のいるわずらわしさを知っているわけではない。それぞれ、互いのいいところだけが見えてしまうのは仕方ない。しかも今、涼夏は弱っている。一人の気楽さを羨ましがるくらい許せなかったら、私が今ここにいる価値はない。

 そう思って黙って流そうとしたら、涼夏は頭を抱えたまま小さく首を振った。

「ごめん。今のは良くなかった。ごめんなさい」

「えっ……いや、大丈夫」

 思わず狼狽えて息を呑むと、涼夏は大きくため息をついて体を起こした。そのまま背もたれに体を預けて、ぼんやりした目で私を見つめる。

 ずるいと思った。今の涼夏の一言は、さっきの私の一言と帳消しにしたかった。それなのに、涼夏はすぐに謝った。人間力も人生経験も違い過ぎて、私は何一つ上手くできない自分が恥ずかしくなった。

「もう知らん。責任が取れなくても、取ってもらうしかない。私は彼氏とのことでは、一切アンタを助けないって宣言しよう」

 投げやり気味にそう言って、涼夏は自分を納得させるように頷いた。

 しかしそれは、無理矢理そう自分に言い聞かせているだけだ。そんなふうに突き放せる子なら、最初からこんなにも悩まない。もちろん、今は自分と母親の心配をしているだけのようだが、元々涼夏は妹のことを嫌いではない。今回のことだけで、そこまで憎めるような子でもない。

 私がどう声をかけようか迷っていると、涼夏は少しだけ寂しそうに眉をゆがめて瞳を伏せた。

「千紗都に相談するんじゃなかった。ごめんね」

 ドクンと大きく胸が打って、頭の中が真っ白になった。涼夏の期待にまるで応えられず、呆れられてしまった。見放されてしまった。何か言わなくてはと言葉を探したが、何も出て来なかった。何かの歌詞ではないが、そんなことは教科書には書いていない。私はずっと一人っ子で、中学でもずっと一人ぼっちで、人との接し方が全然わからないのだ。

 言葉の代わりに涙が溢れてきて、ボロボロと零れ落ちる涙を手で拭うと、涼夏が驚いたように身を乗り出した。

「待って! なんで千紗都が泣くの!?」

「私、何の役にも立たなくて……。ごめんね。私のこと、嫌いにならないで……」

 泣きながら訴えると、涼夏はテーブルの上で私の手をギュッと握って、勢いよく首を横に振った。

「待って! 何も、1ミリも、一瞬も、千紗都のこと、嫌いになってない。逆だから!」

「私が何も言えないから……。役に立つことも、涼夏が欲しい言葉も、なんにもわからないから……。私になんて、相談したって……」

 堪え切れなくなって、涼夏の手を振り解いて両手で顔を覆った。少しでも店に迷惑がかからないよう、声を押し殺して嗚咽を漏らすと、涼夏が乱暴に私の髪を撫でた。

「いや、本当に逆なの! なんか、愚痴ってたら千紗都に嫌われそうな気がして。千紗都、いつも私のことちょっと過大評価してるから、幻滅されるんじゃないかって怖くなって!」

 顔を上げると、涼夏が自分も泣きそうな顔で私を見つめていた。ハンカチで涙を拭い、鼻をかんで呼吸を落ち着ける。涼夏がほっと息を吐いて、文字通り胸を撫で下ろした。

「びっくりした。泣くのにも解釈にも驚いた」

「私、よく泣くと思うけど」

「いや、私の前では一度もない。とにかく、私は1ミリも千紗都を嫌ってないから、ちょっと落ち着け」

 涼夏の言葉に大きく頷いて、ジュースを一口飲んでケーキを食べた。しばらく無言で気持ちを落ち着けてから、私はため息混じりに言った。

「全然言葉が出て来なくてびっくりした。愚痴を聞くなんて簡単だと思ったけど、全然そんなことなかった」

「真面目に考えすぎだよ。悩みがちょっと重かったのは認める」

「でももうこれで、涼夏は私には何も相談してくれなくなるね」

 解決もしなければ気も晴れない。それどころか関係すら悪化しかけて、もし逆の立場だったら、きっともう二度と愚痴は零さない。無念を声に滲ませると、涼夏は私の顔を見つめて、言葉を選ぶように言った。

「千紗都はそうやって、1回ダメだったら諦めちゃうの? 逆の立場だったら、私が1回千紗都の期待に応えられなかっただけで、私のこと切り捨てるの?」

「そんなことは、ないけど……」

「でも、そう聴こえた」

 鼓動が速くなる。会話は依然として予断を許さない。涼夏の機嫌が悪いせいではない。私たちは、こういう難しい話をしたことがなかっただけだ。

「涼夏が、私に相談するんじゃなかったって……」

「今回のことはそうだったかなって。まあ、今のは千紗都の失言かもしれないし、私がネガティブに捉え過ぎただけかもしれない。でも、私はいつも心のどこかで、千紗都にワンミスで見放されないか不安がある」

「それこそ私に失礼だって。私、奈都と結構喧嘩するけど、奈都のこと大好きだし、仲良くやってるよ? 涼夏ともそういう関係だって思ってる」

 たまたま今日まで、喧嘩をすることがなかっただけだ。涼夏は、奈都は正妻だからと言うかもしれない。しかし、私はきっと涼夏が思う以上に、涼夏のことを愛している。

 探るような涼夏の視線を受け止めて、真っ直ぐ見つめ返すと、涼夏はいつもの微笑みを浮かべて頷いた。

「わかった。今日は千紗都と喧嘩しに来たわけじゃないし、これ以上私の悩みを増やさないでくれ」

「うん」

 私も大きく頷くと、涼夏は安心したように残りのケーキを口に運んだ。

 元々仲の良かった私たちの関係が元に戻っただけで、妹の話は何も変わっていない。それでももう涼夏は機嫌が良さそうだったし、妹の話を口にすることもなかった。自己解決したのか、多少でも他人に話してすっきりしたのか、それとも有耶無耶にされたが、もう私には相談する気がないのか。私ももう、それは確認しなかった。

 カフェを出てからはゲーセンで遊び、私のバイト先のカラオケで二人で歌って、楽しく過ごした。涼夏はいつも通りで、無理をしている様子もなかったが、もう大丈夫なのだろうか。

 夕方、別れ際、どうしても気になったので覚悟を決めて話題に出すと、涼夏は「そうだねぇ」と前置きしてから、情けなく眉尻を下げた。

「お母さんにも話してみる。心配させるかもだけど、取り返しのつかないことになってからじゃ遅いし、そうなった時にも事前に知ってた方がいいでしょ」

 涼夏が構わないのなら、そうした方がいいと私も思う。大人には大人の、親には親の解決方法があるかもしれない。15歳の涼夏が一人で抱えるには、問題が重すぎる。

「私は役に立てなかったけど、また相談してね。今度はもっと軽いヤツを」

「レベル1から順に、千紗都の相談対応スキルを上げていくよ」

「そうして」

 真顔で頷くと、涼夏がくすっと笑った。涼夏も驚いただろうが、私自身も、思った以上に自分がしょぼくてがっかりした。本当に私には、人に誇れるようなものが何もない。

「ナッちゃんと喧嘩したって話、ちょいちょい聞くけど、実際に千紗都に泣かれたら思った以上にテンパった。やっぱり、できればなるべく喧嘩はしたくない」

 涼夏が苦笑いを浮かべて、私も同意するように頷いた。もちろん私だって喧嘩などしたくない。奈都とだって平和に過ごしたいが、高校に入ってからどうも噛み合わないことが多い。海でキスして気持ちを伝え合ったし、もう大丈夫だと願いたい。

 次はまた学校でと、涼夏が手を振って背中を向けた。そういえば今日はハグもキスもしていなかったので、思わず呼び止めると、涼夏が不思議そうに首を傾げた。

「どうした?」

「いや、絢音に毒された私は、この別れにわずかな物足りなさを覚えるのです」

 茶化しながらそう言うと、涼夏は可笑しそうに口元を押さえて、「私も」と笑った。そして、周囲に人がいることなどまるで気にせず、私の体を力いっぱい抱きしめると、躊躇なく唇を吸い上げた。

 確かにキスをしたいとは言ったが、こんな公衆の面前でしようという意味ではなかった。恥ずかしかったので、せめて自分からは他の人が見えないように目を閉じて全神経を涼夏に集中させる。10秒くらい口づけをすると、涼夏が体を離して、満足そうに唇を指で拭った。

「2学期もよろしくね!」

 明るくそう言って帰っていく。その背中を手を振って見送って、私は小さく息を吐いた。

 結果オーライではあるが、今の温もりと同じくらい、カフェで涼夏に睨まれた時に感じた冷たさが心に残っている。いつも元気で明るい涼夏が、あんな顔をするとは思わなかったし、その感情が私に向けられるとも思わなかった。涼夏もやはり、私と同じまだ15歳の女の子なのだ。

 去年の奈都ではないが、心のどこかで涼夏も絢音も私のことが好きだし、気も合うから、テキトーに付き合っていても上手くいくだろうと慢心していたかもしれない。

 2学期開始まで後少し。今日はいい戒めになった。また初心に帰って、帰宅部活動に励みたいと思う。

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