番外編 帰宅部活動 1.ホームドア

 涼夏と二人でホームのベンチに座って、何本目かの電車を見送った。

 帰宅部の活動は、放課後一緒に楽しく過ごせたら、何をするかは問題ではない。例えばこれが野球部だと、当然野球をしなくてはいけないだろうし、吹奏楽部なら楽器を演奏しなくてはいけないだろう。

 その点、帰宅部は自由度が高い。こうしてホームに留まってだらだら喋っているだけでも、立派な活動なのだ。

 今は、何の話をしていただろうか。3つくらい途切れなく話が変化して、もはや数分前に喋っていた内容すら覚えていない。確かおたまじゃくしと出世魚についてだった気がするが、くだらなかったということ以外、覚えていない。

 次の電車がやってきて、駆け込もうとしたサラリーマン風の男性が、ホームドアに阻まれてがっくりと膝をつき、頭を抱えて天を仰いだ。もしかしたら、今あの男性が電車に乗り遅れたことで、大国同士が戦争を始める可能性もある。

 それについて涼夏の意見を聞こうと思ったら、先に涼夏が穏やかに微笑んで口を開いた。

「ホームドアに挟まれた千紗都を助けたい」

「そっか。私、挟まれたか……」

 そういえば、ホームドアのない駅で、電車のドアに挟まれている人は時々見るが、ホームドアに挟まれている人は見たことがない。ドアは挟まれた後、開いてもらえたら電車に乗れるが、ホームドアは手前の関門である。開けてもらったところで電車には乗れないから、そもそも頑張らないのかもしれない。

 そう考えると、ホームドアに挟まれた私は、あの人生が終わってしまったようなサラリーマン同様、何か重大な事情を抱えていたのかもしれない。

「私は、どうしてホームドアに挟まれたの?」

 大きく頭を振っている男性を眺めながら聞くと、涼夏は「ウミガメのスープみたいだな」と笑った。てっきり「そんなの知らん」と言われるかと思ったが、この話を続ける意思があるらしい。

 ちなみに『ウミガメのスープ』とは、イエスかノーで答えられる質問をしていって真相に辿り着く思考ゲームだ。帰宅部でも何度か遊んでいる。

「私は急いでいましたか?」

 とりあえず固いところを押さえに行くと、涼夏は小さく首を横に振った。

「いいえ」

「えっ? 急いでなかったの?」

 私が思わず驚いて聞き返すと、涼夏は大きく頷いて「はい」と答えた。それから小さく首を傾げて、「英語的にはノーか?」と自問した。否定疑問文には「ノー」で返すと習ったが、ややこしくなるからやめてほしい。

 それにしても、急いでいなかったのに挟まれたのは随分と間抜けだ。前が見えていなかったとしか思えない。一応そこは押さえに行く。

「私は目は見えますか?」

「はい」

「その時、前を見ていましたか?」

「はい」

「見てたんだ……」

 腕を組んで考えを巡らせる。次の電車がやってきたが、サラリーマンはがっくりと項垂れたまま、電車には乗らなかった。きっと、さっきの電車じゃなければダメだったのだ。私は、一つの人生が終わる瞬間を見た。

「私は、何かに挟まれる趣味がありますか?」

 真剣にそう聞くと、涼夏がぷっと噴いてから、お腹を抱えて笑い出した。

「挟まれる趣味! それは面白い! 挟まれたい千紗都、可愛い!」

「いや、私には無い」

「発想がもう面白い! 答えよりそっちの方が面白いから、この話はここで終わろう」

「いや、気になるから! 終わらないで!」

「じゃあ、いいえ」

 涼夏が涙を拭う仕草をしてから、ふらふらと歩き出したサラリーマンを目で追うように顔を動かした。一応涼夏も気になってはいたようだが、私がホームドアに挟まれた理由の方が大事らしい。

 それにしても、前が見えていて、急いでもおらず、挟まれる趣味もないのに挟まれたとなると、考え事でもしていたのだろうか。ホームドアに挟まれるレベルで考え事をする人間は、きっと長くは生きられないだろう。そう尋ねると、涼夏はあっさり「いいえ」と答えた。

 ますます難解になってきた。そもそも突然言い出したことだし、涼夏は本当に答えを用意しているのだろうか。それについては、涼夏は「はい」と答えた後、困ったように眉を曲げた。

「ただ、挟まれる趣味よりは面白くない。大きなプレス機に、動けなくなる程度に挟まれて気持ち良さそうにしてる千紗都、本当に可愛い」

「この世界線にそんな私はいないから」

 そう否定して、はたと思い付く。もしかしたら、答えはそっち系かもしれない。

「えっと、私だけが、ホームドアがあるかないか以外、あらゆるものが同じ世界線を生きていて、私は白線の内側で足を止めたのに、突然何もない空間で挟まれた」

 言っていてよくわからなくなってきたが、涼夏はうーんとわざとらしく首をひねってから、難しそうな顔をした。

「いいえ。でも、まあ、非現実的な方面」

「わかった! ワープに失敗した!」

「それだ!」

 涼夏がパッと明るい顔をして、二人で思わず歓喜のハグをした。ギュッと手を取り合ってから、私は「ん?」と眉をひそめた。

「ワープできるなら、助けられる必要なくない?」

「まあ、そうだね」

 涼夏が急に素に戻って腰を上げた。手を引かれて私も立ち上がる。

 そろそろ場所を移動しよう。野球だけしていればいい野球部と違って、帰宅部は大変なのだ。

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