紅い薔薇
紅蓮【ベニイロゲームス】
本文
紅い薔薇
『紅い薔薇』
――白。
窓ひとつない、部屋の最果てすら認識できないほどに、白い部屋。
壁面らしき場所には、おびただしい数の棺桶がずらりと並んでおり――。
床面には不気味なほど白い薔薇が無数のつぼみをつけていた。
棺桶と薔薇。
双方に囲まれるようにして部屋の中心に横たわるのは、一つの祭壇。
大型の寝具ほどの大きさのその祭壇には、一人の少女が捧げられている。
その髪は白く、その肌もまた、白い。
「ただいま、デア」
棺桶の隙間から、ガチャリと扉を開く音と共に青年が顔を出す。
青年はその金髪を揺らしながら、少女の眠る祭壇にひざまずいた。
「やっと、やっとだ。ようやく、君を取り戻せる日が来たよ」
青年は、するりと少女の頬を撫でる。
しかし、少女は生理的な反応すら見せない。
その肌は、まるで氷のように冷たかった。
ぽたりと少女の白い肌に、熱いしずくが落ちた。
しかし、その熱は氷を溶かすことなくその表面を流れる。
「君がいなくなって数年。本当に、辛かった。気が、狂いそうだった」
「きみが好きだったパンは、スポンジのように味気なくて。野菜のたくさん入ったスープも、泥水をすすっているようだった」
「ふたりで見上げた夜空も、空に瞬く星も……。黒く塗りたくったキャンバスに、ゴミくずをぶちまけたようだった」
「きみを亡くしたあの日から……。ぼくの生きる世界は、彩度を失った」
目を細め、青年はひとりごちる。
少女の目は固く閉じられたまま、開く様子はない。
「……でも、それも今日までだ」
「今日こそ、きみを救ってみせる。きみを奪った悪魔から、きみを取り戻してみせるよ」
立ち上がり、手にしていた杖を大きく振るう。
ぶわり、と部屋中の薔薇が鳴き声をあげた。
「アルヒ、テレティ、スィスィア……」
歌うように、呪文を紡いでゆく。
その言霊は部屋全体に反射し、ひとつひとつ、白い薔薇の中に染みわたってゆく。
「……アナヴィオスィ」
最後の呪文と共に、杖を床に突き刺す。
その瞬間、部屋中の白い薔薇のつぼみが一斉に花開き、うめき声にも似た歌を、唄う。
棺桶たちもギシギシと軋むような悲鳴を上げ、その底から、じわりと紅い色がにじみ出る。
白い薔薇はそれを、我先に、我先にと吸い上げ、飲み込み、歓喜の声をあげた。
部屋の端、棺桶から染み出た『紅』は、白い薔薇を部屋の中心に向かって侵してゆく。
やがて、ゆっくりとその浸食は収まり、部屋全体が燃えるような深紅に染め上げられた。
部屋の中央、祭壇に眠る少女を残して。
「ほら、見ておくれデア」
青年は両手を広げ、天井まで赤く染まった部屋の中心で笑う。
「綺麗だろう……? 君が失ってしまった、命の色だよ」
青年が、少女の真白い髪をすくように撫でる。
「……最後の、仕上げだ」
ふっと自嘲するように口角を歪ませると、青年は自身の胸にずくりと手を突き立て、紅の根源を引きずり出した。
「ああ、愛するデア。ぼくの、愛しのデア」
ぶるぶると震える手を掲げ、突き刺した杖の頂点に、『それ』を捧げる。
「どうか、わらっておくれ」
どくり、と紅が脈打つ。
どろり、と紅が流れ落ちる。
紅い薔薇が、唄う。
その歌に促されるようにして、
べたりと、少女の無垢な『白』の上に紅が落ち、犯し、侵してゆく。
「ん……」
少女の喉が鳴る。
少女の髪は、肌は、命の色を取り戻していた。
「……! ああ、スィスィ……!」
目覚めた少女は祭壇からを転げ落ちるように降り、床に倒れ伏している愛しい人を抱き上げる。
そのむくろはすでに温度を、そして、あらゆる色を失っていた。
「ああ……スィスィ。わたしの、スィスィ……」
少女はその白い体をかき抱き、言葉にならない声と共に熱い涙を流す。
その熱は、氷のように冷たくなった青年の頬をするりと伝った。
「わたしに……あなたの居ない世界で、生きていけというのね」
「自分と同じ苦しみを、わたしに味わえというのね」
冷たいむくろを抱きしめながら、少女はぽつりと恨み言をこぼす。
「愛おしくて、憎らしくて……非道い、ひと」
その白い肌に爪をたてても、皮膚が裂けてしまっても、ほんのわずかな色も流れ落ちはしない。
それが、彼の命が失われてしまったことを、少女に強く実感させた。
「わかったわ、わたしは……生きる」
「それがあなたの犯した罪に対する罰ならば、わたしは受け入れるわ」
少女は目を伏せ、決心したように一度だけ深呼吸すると、おもむろに立ち上がり、杖の先端にあるモノに食らいついた。
「わたしは、生きる。あなたと共に」
「……いつまでも。永遠に」
少女は目を伏せ、愛する人の熱を宿した胸を、撫でおろした。
胸の奥で、強く脈動する『紅』。
その音は静かに、しかし確かに。永い時をゆっくりと刻み始めた――。
紅い薔薇 紅蓮【ベニイロゲームス】 @beniirogames
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