第41話

 ありふれた毎日が過ぎていった。


 起床して、勉強して、入浴して、就寝して……。

 メトロノームのように規則正しい24時間が繰り返されていく。


 何も問題ないのに……。

 セイラとの関係にギクシャクしたものを抱えていた。


 あれは朝食のとき。

『生徒会の仕事が立て込んでいて、夜は遅くなりそうです』

『マナは先に食事を済ませておいてください』

『ご一緒できず、すみません』

 そのように告げられて動揺した。


 だんだんセイラが遠くなっていく。

 仕方のないことだけれども、やっぱり悲しい。


 ベンチで1人昼食を食べていると、シスターから声をかけられた。


「あらあら、どうしたの? 浮かない顔をして」


 シスター・ユリアである。

 お願いしたわけじゃないのに、マナトの隣に腰かけてきた。


「お腹でも痛いのかしら?」

「いえ、そういうわけじゃありませんが……」

「だったら、心の悩みね。私に話してみなさい。きっと楽になるから」


 シスター・ユリアは聖母のような笑みを向けてくる。

 気づいたときには、マナトの口が勝手におしゃべりしていた。


「実は先日、お嬢様と一緒に社交パーティーへ参加しまして……パーティーそのものは、つつがなく終了したのですが……」


 マナトの悩み。

 自分という存在が、セイラの邪魔になるのではないか?


「心が痛くなるのです。この気持ちは何なのでしょうか?」

「きっと、それは恋ね」

「ありえません、お嬢様に恋するなど」

「どうしてそう言い切れるの?」

「だって、私は従者ですから」


 しかるべき教育を受けている。

 もちろん、ご主人様に恋しないための訓練も。


「パーティーに参加した感想は?」

「お嬢様のこと、とても誇らしいと思いました。それと同時に、現実を直視したくない気持ちもあります」

「やっぱり、恋じゃないかしら」


 シスター・ユリアは楽しそうに笑う。


「私とお嬢様は生まれついた身分が違います。お嬢様のパートナーとして相応しいのは、どこかの御曹司なのです」


 脳裏のうりに浮かんだのは、もちろん龍造寺サネアツの顔だった。


「それは理由にならないわ」

「どういうことでしょうか?」

「私はシスターよ。誰かを好きになってはならない立場だわ。でも、マナさんのことは真剣に好きよ」

「またまた、ご冗談を」

「いいえ、本気よ」


 優しく抱きしめられた。

 こんな場面、セイラに見つかったら……。


「マナさんは将来、どうしたいの?」

「私の将来……ですか?」

「セイラさんはどこかの御曹司と結婚されるのでしょう。マナさんは誰と結婚するの?」

「まったく考えていませんでした。ええ、これっぽっちも」

「でも、将来の奥さんを愛さないと。セイラさん以外の女性を」


 チトセさんとか、アリアさんとか。

 シスター・ユリアは具体名を挙げていく。


「ありえません。チトセさんも、アリアさんも、名家のお嬢様です」

「跡取りじゃないわ。ともにお兄さんがいますから。いつか、お嫁さんにいく立場よ」

「ですが、私のことを好きになるはずが……」

「私が観察している限り、脈アリじゃないかしら。特にアリアさん。命の恩人ですもの」


 セイラとは違う。

 主張したいのは、そういうことらしい。


「セイラさんが一人っ子ではなく、男の兄弟がいれば、状況も変わったでしょうね」

「それは考えても仕方のないことです」


 この季節にしては冷たい風が通り過ぎていった。

 セイラは今頃、何をしているのだろうか、と考えてしまう。


「私と結婚しちゃう?」

「はい?」

「こう見えても、蓄えはそこそこあるのよ。どこか南の島で、マナさんとゆっくり暮らせるくらいには。私はシスターを辞める。マナさんも従者を辞める。そういう第二の人生もステキじゃないかしら」

「しかし……シスター・ユリアはせっかく現在の地位まで登り詰めたというのに……」

「一度きりの人生よ。燃えるような恋をしてみたいじゃない」


 してみたいです。

 内心で答えてみる。


「禁断の恋ってステキよね。お嬢様と従者もそう。教師と生徒もそう」

「あの……シスター・ユリアは、私のどのような部分が好きなのでしょうか?」

「たくさんあるわ。原稿用紙10枚じゃ収まりきらないくらいには」


 誠実。

 実直。

 器用。

 万能。

 凛々りりしい。

 曲がったことが嫌い。

 ………………etc。


「でも、セイラさんにお仕えするあなたの姿に惹かれたのよね。だから、横取りするわけにはいかないわね」


 母親のような優しさで、頭をナデナデしてくれた。


「大いに悩みなさい。まだ若いのだから」

「……はい」

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