第36話

 生徒がひとり、転がりそうな勢いで走ってきた。


「大変です! セイラ様! チトセ様! 先ほど、アリア様が寝巻きのまま、寄宿舎の外へ走り去っていきました! 追いかけた生徒はいましたが、ついてこないで! と命令されてしまい……」

「なんですって⁉︎」


 セイラが、信じられない、という顔つきになる。


「周りの者は止めようとしました! 制止を振り切っていかれました!」

「あのアリアさんが……頭が混乱しそうだわ」


 マナトはハッとした。

 アリアが向かったのは時計台だ。

 きっとランスロットを救いにいったのだ。


 マズい、マズい。

 出火しているのだ。

 最悪のケースを想像して、背筋にゾッと悪寒が走った。


 アリアをいかせちゃダメだ。

 けれども、本人はここにいない。


「お嬢様、私にアリアさん追跡の許可をください」

「あなたなら行き先に心当たりがあるということ?」

「はい、詳しく説明している時間はありませんが、アリアさんは時計台へ向かったと思われます」

「わかりました。マナに命令を与えます。なんとしてもアリアさんを無傷で連れ戻しなさい」


 マナトは強くうなずいてからダッシュした。


 風が強い。

 ネグリジェがひらひらと揺れて走りにくい。


 どうして女性の服装というのは……。

 いや、文句をいっている場合ではない。


 空が光った。

 雷が教会を直撃した。

 耳をつんざくようなゴロゴロが3秒くらい続く。


 あたりが暗い。

 しかも地形が不安定だから、何回も転びそうになった。

 それでも走るスピードは落とさない。


「アリアさん! アリアさん!」


 返事がない。

 マナトは舌打ちをして、ターゲットの追跡を続けた。


「ッ……⁉︎」


 時計台の屋根が火を噴いていた。

 いつもは施錠されているドアが開けっ放しになっている。


 アリアが入っていったのか。

 無茶すぎる、自殺するのに似ている。


 マナトは昼間の記憶を頼りに、螺旋状になっている階段を、二段飛ばしで上がっていった。


 暗い。

 足元がまったく見えない。


 つま先が何かを蹴っ飛ばした。

 しばらくして、パリン! と砕ける音がした。


「アリアさん、お願いですから引き返して! それ以上は危険すぎます!」


 声が届いていないのか。

 あえて無視しているのか。


「アリアさん!」


 最上階についたとき、目を疑いたくなるような光景が広がっていた。


 あたり一面に火が回っている。

 魔神のような煙が立ちはだかっており、その向こうにアリアの体の一部が見えた。


 マナトは怯んだ。


 この中に入ったら、本当に命を落としかねない。

 しかし、アリアを見捨てるわけにはいかない。


「バカか! 私は!」


 自分にかつを入れてから、アリアの背中を追いかけた。


 とても熱い。

 皮膚がパリパリに焼けちゃいそう。


 視界が悪すぎる。

 それでもアリアに追いついた。

 腕に毛むくじゃらを抱えており、すすで汚れているが、生きたランスロットだった。


 どうしてマナさんがここに⁉︎

 アリアの口がそう動く。


 いいから! こっちです!

 マナトも口の動きで返した。


 脱出しようとしたとき、木が真っ二つに裂けるような、嫌な音が響いてきた。

 燃える屋根の一部が落ちてきて、一つしかない出口を塞いでしまったのだ。


 ここは地上から20mくらいの空間。

 マナトたちは脱出路を失ったことになる。


 窓辺に寄った。

 あまりの高さにゾッとする。


 どうにか生還できる手段はないか。

 そう思って視線を走らせたとき、床に落ちているロープが目についた。


 これは辛い選択だった。


 おそらく脱出できる。

 マナト1人だけなら。

 アリアとランスロットをこの場に残して、窓から逃げるのなら簡単だろう。


 マナトは映画のスーパーヒーローじゃない。


 アリアとランスロットを地上まで下ろす。

 その後に自分も生還する。


 さすがに無理がある。

 時間も筋力も足りない。


 どうする? どうする?

 1人は助かるかもしれないが、もう1人まで助かる保証がない。


「マナさんだけでも逃げて」


 アリアはそういって手を握ってきた。

 簡単にいってくれるから、頬っぺたを一発叩きたい衝動にかられた。


「いけません。先にアリアさんとランスロットを下ろします。それから私も逃げます」

「そんな……ダメよ……」

「ゆっくり話していると、2人とも焼死します」

「いけないわ! 僕じゃなくて、マナさんが生き残るべきだわ!」


 パチン! と打擲ちょうちゃくの音が響いた。

 マナトは生まれて初めて女の子に暴力を振るった。


「いいから! つべこべいわない! アリアさんを無傷で連れ戻す、とお嬢様に誓ったのです!」

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