第17話

 順応じゅんのうしてきたな、とマナトは思った。

 心が、体が、ここでの暮らしに慣れてきた。


 セイラの女従者であり、海馬マナという女の子なんだ。

 そういう暗示を深いレベルで受け入れてきた。


「ごきげんよう」


 とあいさつされたら、


「ごきげんよう」


 とにっこり返せる。


「マナさんのお胸事情ってどうなっているのかしら?」


 そのように質問されたら、


「絶望的なまでに貧乳ですから……キャミソールさえあれば事足りてしまいます」


 やや恥じらいながら返せるようになった。


 ここに編入してきて早4日。

 適応するには十分すぎる時間といえる。


「知らないのですか。小さい胸はステータスなのですよ」


 フォローになっていないフォローを入れてきたのは、黒髪ロングがお似合いの四ツ姫、佐々木チトセ。

 もしかして、天然キャラなのだろうか。


 すると周りの生徒が食いついてきた。

 次から次へと。


「あら、そうですの?」

「小さい方が好みの殿方とのがたもいますの?」

「ですが、出産した後、母乳の出が悪くて悩むという話を……」

「あ、私も耳にしたことがあります」


 チトセは豊満という言葉がぴったりの胸を張り、チッチッチと指を振った。


「私のお兄様がいっておりました。貧乳はステータス。むしろ、希少価値だと。チトセ、お前は胸が大きいからといって調子に乗るな、と」


 その兄貴……。

 おそらくダメな男だ。

 絶対に脳みそが沸いている。


「大きい胸というのは、神様から課せられた税金なのです。スポーツのときは邪魔になりますし、勉強中だって肩が凝りますから。……というのが、お兄様からいただいた心得なのです」


 ふむふむと納得する女子たち。

 さすがチトセさんのお兄様ね、という声まで。


 君たち、無邪気すぎない?

 マナトは内心で突っ込んでおく。


「何の話で盛り上がっているのです?」


 くつをカツカツと鳴らしながら登場したのはセイラ。

 トイレから戻ってきただけなのに、半径20mくらいの空気がピリッと引き締まる。


 さすがセイラお嬢様。

 いかなる場面でも存在感がある。


 まさに完全無欠の生徒会長。

 マナトの心は誇らしい気持ちでいっぱいだ。


「マナに指示を与えます。私はこれから生徒会の仕事に就かねばなりません。あなたは先に部屋へ戻っていなさい」

「ですが、お嬢様。ボディガードとしての私の任務を放棄することになります」


 その返事を予想していたであろうセイラは、いいえ、と首を振った。


「チトセさんと2人で行動します。私の心配はいりません。あなたは先に帰って、今日の授業の復習をやっておきなさい」

「イエス、マイロード」


 マナトは仰々ぎょうぎょうしくひざまずいておいた。

 こういう動作の一個一個がセイラの価値を高めてくれる。


 まっすぐ寄宿舎へ戻った。

 忘れないうちに日記をつけておく。


 カリキュラムの一環として乗馬をやらされた。

 これが中々に大変だった。


 習ったことがないのだ。

 サラブレッドの扱いなんて。


 セイラがここで飼っている白馬を貸してもらったが、マナトのことを見くびっているのか、右に曲がろうとしたら左へ、左に曲がろうとしたら右へ、わざわざ指示と逆方向へ歩くから、セイラの失笑を買ってしまった。


 これは屈辱である。

 馬の分際ぶんざいで、人間をめやがった。

 明日はニンジンを持っていって、マナトの立ち場を分からせてやろう。


 カサッ!

 葉っぱのこすれるような音がしたのでペンを止めた。

 何事かと思って立ち上がってみれば、ドアと絨毯じゅうたんの隙間から手紙のようなものが差し込まれている。


 いったい誰が?

 不思議に思いながら拾い上げる。


 封筒だった。

 宛先と送り主は書いていない。


 念のためドアの向こう側をチェックしてみた。

 廊下に差出人らしい姿は見当たらない。


 セイラの部屋にペーパーナイフがあったのを思い出して、さっそく開封してみる。


 中から手紙が2枚出てきた。

 サスペンスドラマに登場するような、新聞を切り抜いたメッセージが並んでいる。


『知っているぞ。お前は避妊具を落とした犯人を探しているのだろう?』


 むむむ、と声が出る。

 急いで窓辺に寄ってみたが、談笑しながら寄宿舎へ帰ってくる生徒の姿しか見えない。


 そして2枚目。

 こちらも新聞を切り抜いた不揃ふぞろいなサイズの文字が並んでいる。


『私は犯人を知っている。そいつは四ツ姫の中にいる』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る