第三十二話 神の命令




「リート様」


 不意に呼びかけられて、リートははっと振り向いた。アリーテとモリシャが並んで立っていた。


「リート様。地下へおいでください」


 モリシャが言う。


(地下……そうだ。アモルテス様に、どういうことか訊かないと……)


 リートはふらつきそうになる足を叱咤して、小走りに地下室へと走った。その後を、アリーテとモリシャがついてくる。

 リートは水晶板でアモルテスと通信するつもりだった。

 だが、地下室の扉を開けた途端、リートの体は白い綿雲のようなものに包まれた。移動装置だ。

 あっ、と思う間もなく、体が引っ張られるような感覚がして、次の瞬間にはリートの体は天海石の床の上に投げ出されていた。


「い、た……」

「戻ったか。リート」


 はっと顔を上げると、水晶板の前に立ちこちらに背を向けたアモルテスの姿があった。


「アモルテス様! どういうことなのですかっ!」


 リートは起き上がって上司の背中に問いかけた。


「何故、ライリンちゃんが!? 私の代わりに……?」


 アモルテスは答えない。振り向きもしない。


「私にやらせてください! 私がリート・クーヴィットです! ジェラルドの婚約者です!」


 ジェラルドがライリンに向けた笑みを思い出して、胸がきりきりと締め付けられるように痛んだ。目を細めて、愛しい者を見るような、柔らかい微笑みは、リートだけに向けられていたはずだった。

 それなのに。


「アモルテス様! ジェラルドの「リート」は私です!」


 ジェラルドの婚約者という立場を、ジェラルドにとっての「リート」を奪われるのは納得がいかなかった。

 アモルテスは、ゆっくりと振り向いた。

 そして、冷たい目でリートを見下ろした。


「私の命令がきけないのか」


 びりびりとした怒りを感じる声に、リートはびくりと身をすくませた。

 神の命令は絶対だ。逆らうことなど許されない。


「……逆らう、つもりは……ただ、私は」


 ただ、ジェラルドが。ジェラルドの中のリートの記憶が、すべて他の誰かで塗り替えられてしまうことが、ただ、どうしても、認めたくないのだ。


 身をすくませながらもアモルテスをまっすぐみつめるリートを見据えて、絶対の神は白金の髪をさらりと揺らして感情のない表情で口を開いた。


「お前が何故、皇太子に嫌悪を抱かないのか、教えてやろう。」


 アモルテスは、こう告げた。


「お前には、魂がないからだ」


 リートは目を瞬いた。

 その言葉の意味を飲み込む前に、アモルテスは続ける。


「お前は、人間でも神でも天女でもない。ただの、人形だ」


 天海石の冷たい感触が、座り込んだリートの体をじわじわと冷やしていた。



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