第二十八話 触れられない
余計なことは考えなくていい。魂を入れ換えることがリートの役目であり、皇太子の心を開かせたのはそのために必要な手順だったからだ。
動揺する必要はない。
自分にそう言い聞かせ、リートは怪しまれないようにこれまでと同じ態度を取るように心がけた。
だが、ぎこちなさを隠すことは困難で、ジェラルドには首を傾げて心配されてしまった。
「リート。どうしたんだ? 何かあったのか?」
「い、いえ。何も!」
「そうか?」
目を凝らせば、ジェラルドの胸の中で淡く輝く白い魂が見える。
リートは辺りを見回した。こちらを見ている人間はいない。茶会以降、アレスとオスカーはリートを見張ることをやめたようだった。今だって、ジェラルドをリートと二人きりにしている。
(……今なら、魂を抜ける)
魂を抜く。それが役目なのだから。
簡単なことだ。軽く胸に触れるだけでいい。
リートは意を決して、そっとジェラルドの胸に手を伸ばした。
だが、胸に触れる前に、その手はぴたりと止まってしまった。
(……どうして、出来ないの?)
リートは信じられない気持ちで自分の手をみつめた。軽く触れるだけでいい。このために、ずっと、ジェラルドに好意があるように見せてきたのだから。
そう思うのに、どうしてか、リートの手は動かなくなってしまった。
「リート?」
ジェラルドが訝しげに眉をひそめた。
「……来週には、婚約式だ。それが終われば、仮婚約から本物の婚約者になる。……もしも、それで悩んでいるのなら」
「違いますっ!」
ジェラルドの声に、リートは弾かれたように顔を上げた。
「違うんです! 違う……私は、ただ……」
説明することは出来なくて、リートは口を噤んだ。
これでは、リートが婚約を嫌がっているようにジェラルドは受け取るかもしれない。そうじゃないと伝えなければ。
「ジェラルド様と婚約するのが嫌なんじゃないです……ただ、その、緊張してしまって……」
それを聞くと、ジェラルドはほっと顔をほころばせた。
「大丈夫。何も難しいことはないから」
「……はい」
優しく笑うジェラルドの顔を直視できなくて、リートはそっと目を伏せた。
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