第二十七話 動揺




「リート様、大丈夫ですか?」

「へ?」


 身支度を手伝ってくれていたアリーテが、リートの顔を覗き込んでいった。


「顔色が悪いです。目の下に、隈も」

「……ちょっと、眠れなくて」


 一睡もできなかったことを悟られたくなくて、リートは顔を逸らした。

 馬車に乗り込んで学園へ向かう道中も昨夜のアモルテスの言葉を思い出して、リートは今後どんな顔でジェラルドに向き合えばいいかわからなかった。


(……何も考える必要なんかない。私は、任務を果たせばいいだけ)


 アモルテスの部下として、迷うことなど許されない。

 自分にどれだけそう言い聞かせても、その度にジェラルドの面影が胸に蘇って、頭がぐちゃぐちゃになってしまいそうな気がした。


「リート!」


 教室に入ると、ジェラルドが駆け寄ってきた。

 リートはぎくりとして身を硬くした。


「どうした?」

「何も……おはようございます」


 平静を装って挨拶するが、心臓がきしきし痛むのは誤魔化せなかった。


「気分はどうだ? 昨日は急に帰ってしまったが」

「も、申し訳ありません」

「いや。こちらこそ謝らなくては」


 ジェラルドが振り返ると、ばつの悪そうな顔のアレスが歩いてきた。背後に、オスカーとオルガも付いてくる。


「……クーヴィット伯爵令嬢」


 硬い声で、アレスが言った。


「……これまで、疑ってきたことを謝罪する。これからも、ジェラルドを支えてやってくれ」


 神妙に頭を下げられて、リートは狼狽えた。


「昨日、リートが帰った後に、オルガにこっぴどく叱られてね」


 ジェラルドが苦笑いを浮かべて言った。


「いつまでリートを疑うつもりだって」

「未来の皇妃を支えるのが臣下の務めだと説教されて、ついでにアレスは告白もさせられて」


 ジェラルドとオスカーがニヤニヤと、アレスがオルガに婚約を申し込み、オルガがそれを受けたことを説明した。アレスは仏頂面を赤らめて、オルガは恥ずかしそうに――だが、嬉しそうに微笑む。


「リート様のおかげですわ」


 オルガが言う。


「リート様がジェラルド様のお傍にいてくださる限り、この国は安泰ですわ」


 それを聞いて、リートは思わず俯いた。



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