第二十四話 アレスの言い分
「オルガ様、大丈夫ですか?」
植込みの陰にしゃがみ込んだオルガに声をかけると、彼女は涙に濡れた顔を上げてリートを見た。
「リート様……お恥ずかしいですわ。公爵家の者でありながら、殿下の前でこのような失態をおかしてしまうだなんて……」
「いやいや。いきなりあんなことを言われたら動揺してしまいますよ」
リートはオルガの隣にしゃがんで言った。
「心配なさらなくても、殿下達も無理に婚約させようとしている訳ではありませんよ。バースター様とではなくても、他にもよいお相手が……」
「いいえ!」
オルガはふるふると首を横に振った。
「もしもバースター様と婚約できるなら、これに勝る喜びはありません!ですが、私のような……理由もなく殿下を嫌い辛くあたった女などに、バースター様の隣に立つ資格はありません。あの方は誰より忠義に厚い御方。殿下を蔑ろにした私を許しはしないでしょう」
いや、それはオルガのせいじゃない。ろくでなしの失敗のせいだ。
理由を知るリートは頭を抱えたくなった。本当に、ろくでなしの罪は重い。天界に戻ったら愛人全員をアモルテスの部屋に集結させて史上最大の修羅場を引き起こしてやろう。
「ジェラルド様のお傍に寄れずとも、オルガ様の忠義の心は皆に届いておりますよ。だからこそ、ジェラルド様は茶会を開き礼を述べられたのですから」
「それももったいなきこと……私のような者に」
オルガは俯いて声を震わせる。儚げに打ち震える令嬢に、リートの胸がきゅんとした。
(なにこれ、抱きしめたい)
かぐわしく咲き誇る天女たちとは違う、まだ固く閉じたままのつぼみの魅力に、アレスより先にリートの理性がぐらついた。
「……オルガ様。貴女様はとても魅力的な御方です。バースター様とお似合いですわ」
「いいえ、嘘をおっしゃらないで。バースター様は素敵な殿方……私は学園にいる間だけはそのお姿を目にすることを自分に許したのです。それ以上を望んでは天の神に強欲の罪で裁かれてしまいます」
天の神は私がしばいておくから大丈夫です。とも言えない。リートはどうしたものかと口ごもった。
どうやらオルガはアレスのことを想っているようだし、今すぐ二人をくっつけてひゅーひゅーと囃したてたい。
(これはアレスの方を説得してオルガを口説いてもらった方が早いか)
リートはオルガを促して立ち上がらせた。
「とりあえず戻りましょう」
涙を拭ったオルガを連れて茶会の席に戻ると、アレスがテーブルに手をついてこちらに背を向けていた。ジェラルドとオスカーはアレスの顔を覗き込んで背中を叩いており、リート達が戻ってきたことに気付かないようだった。
「だからっ、そういう問題じゃねぇんだよっ!」
アレスがどんっとテーブルを叩いて怒鳴った。
「俺の気持ちなんかどうでもいい!バースター侯爵家の嫡男として、皇太子を差し置いて公爵家の令嬢と縁を結ぶわけにはいかないだろうが!」
庭に響いたその声に、オルガがぴくっと震えた。
「お前、まだそんなこと言っているのか」
「本来なら、皇太子と前後して生まれた高位貴族は、皇太子の婚約が調うまでは婚約者を持ってはいけないはずだ」
「ああ。だがそれではこの国から高位貴族の跡取りがいなくなってしまうから、父上が自由な婚約を許しただろう。随分前の話だぞ」
思っていた以上に融通のきかない性格だったらしいアレスに、ジェラルドが眉をひそめながら説得する。
「ああ。しかし俺は、ジェラルドが孤独のうちは俺も独り身を貫くと決めたんだ」
「なら、もういいだろう。俺にはリートが……」
「クーヴィット伯爵令嬢が、本当に信用できるか、まだわからない」
アレスははっきりとそう言った。リートの隣でオルガが息を飲んだ。
「調べた限りでは何も怪しいところはない。だけど、どうしても納得できないんだ。他のどんな令嬢も、ジェラルドに近付くことが出来なかったのに、何故彼女だけが平然とジェラルドに触れられるんだ?」
アレスは気味が悪いと言いたげな顔をした。
「まるで、彼女が現れるまでは誰もジェラルドに触れることがないように、皆が暗示に掛けられてでもいたみたいだ」
ジェラルドはアレスの言葉を聞いて目を眇めた。
何も言わないところを見ると、オスカーもアレスと同意見なのだろう。
オルガが気遣わしげにリートを見るが、リートは口を挟むことなくジェラルドをみつめた。
リートの視界の先で、ジェラルドが口を開いた。
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