第二十一話 公爵令嬢




「順調ですねぇ」


 登校のために馬車に乗ろうとすると、御者役のポドロがにこやかに声を掛けてきた。


「皇太子はもうリート様に夢中じゃないですか。婚約式の前に天界に戻れるんじゃないですか?」


 リートは苦笑した。

 婚約式まであと二週間だ。アモルテスにも一日の報告をする度にさっさと帰ってこいと言われるが、まだ魂に触れられるほどにはジェラルドとの仲を深められていない。相変わらず、リートから触れると奇声を上げたり挙動不審になったりするからだ。

 でも、時々はジェラルドの方から手を触れたり肩を叩いたりもするようになってきた。

 彼は確実にリートに心を許しつつある。

 だが、まだ問題がある。アレスとオスカーが、いまだにリートとジェラルドを二人きりにしようとしないのだ。

 ジェラルドが心を開いてくれたとしても、あの二人を何とかしなくては魂に触れられない。


(でも、どうすればあの二人の信用を得られるんだろう)


 ジェラルド本人以上にジェラルドに近付くリートを警戒する忠義の二人が、目下のところリートの最大の敵である。


「ジェラルド様、おはようございます」

「リート、おはよう」


 ジェラルドがにこやかに挨拶を返してくれるので、リートもにっこりと笑った。

 そんな二人を見て、バルディン公爵令嬢オルガがそっと目元を拭う。


「ジェラルド殿下……本当に良かった……」

「オルガ様」

「殿下はもう大丈夫ですわ」

「クーヴィット様がおりますもの」


 令嬢達が涙ながらに二人を祝福する。毎朝の光景である。

 恐ろしいのは誰もこれを大袈裟と思っていないことだ。

 特にオルガはいちいち感極まって涙を流すので、リートとしては罪悪感が刺激されることこの上ない。


(私が天界に戻ったら、オルガがジェラルドの婚約者になる可能性が高いわよね)


 オルガには婚約者がいない。身分的にも釣り合いが取れている。それなら、今のうちに二人の仲を取り持っておくべきか。


(いや、今はその前にアレスとオスカーをなんとかするべきよね?)


 リートは自分に言い聞かせてうんうん頷いた。


(あの二人を出し抜いてジェラルドに、リリアラネーゼ様直伝の「男をその気にさせる人体のツボ」攻撃を……)


「リート。ちょっといいかな」

「はいっ!大丈夫です!ツボの場所はわかっています!」

「ツボ?」


 リリアラネーゼ様につんつん突かれただけで骨抜きになっていたろくでなしの姿を思い出してイラッとしていたリートに、ジェラルドがこっそり話しかけてきた。


「ツボがどうしたんだい?」

「いえ、なんでもありません。何も狙っておりません。それより、なんのお話でしょう?」

「あ、ああ。今度、王宮で茶会を、と思って……来てくれるだろうか」


 だいぶ打ち解けてはきたが、まだリートを誘うのに恐る恐るになっているジェラルドに、リートは「ふふっ」と微笑んだ。


「もちろんです!」

「よかった……あー、それで、バルディン公爵令嬢も招待したいんだが」


 リートはぱちりと目を瞬いた。

 別にかまわない。しかし、何故。


 リートの表情を見て、ジェラルドは口を開きかけて、また閉じた。何か、周りに聞かれたくないことがあるらしい。

 リートは自らぐっと耳をジェラルドに近付けた。ジェラルドは怯えたように身を引いたが、リートが耳を傾ける仕草をすると、ごくっと息を飲んで耳元に口を近付けた。

 おそらく、「自分が女子の耳元で喋ったりしたら吐かれる」とでも思っているのだろう。

 しかし、恐る恐るとはいえ、ここまで接近してくれるようになったということは、だいぶリートに心を開きかけている証拠ではないか。リートは思わずにんまりとした。

 ちなみにその様子を見て、オルガが「殿下とクーヴィット様が内緒話を……!なんて仲睦まじい……!」と感涙している。


「実はな。俺があまりにモテないせいで、ずっとアレスとオルガに迷惑をかけていたんだ」


 ジェラルドの小声がリートの耳をくすぐる。アモルテスの低い声とは違う、少しだけかすれたアルトになんだか背中がむずっとした。


「俺が結婚できないから、アレスとオルガを結婚させ、二人の子供を俺の養子にするという話があったんだ。だが、二人とも俺が結婚するまでは誰とも結婚しないと言い張っていて」


(なるほど。それで二人とも婚約者がいないのか)


 リートは納得した。


「オスカーもそう言ってたんだが、アレスと違って兄弟がいないからな。ロットリング家のために説得した」


 ろくでなし上司のせいで三人の若者が忠義をつらぬいて独身を通すところだったのか。リートは申し訳なさにこめかみを押さえた。


「俺は、アレスとオルガにも幸せになってほしいと思っている。だが、二人ともまだ俺に遠慮しているのか、頑なで……」


 お茶会で親睦を深めて二人の仲を取り持ちたいということだろう。

 もしもそれがうまくいって、アレスがオルガと婚約することになったらどうだろう。リートは頭の中で計算した。オルガに夢中になれば、アレスはジェラルドに構う暇が無くなるかもしれない。

 そうすれば、リートがジェラルドに近付く機会も増えるはずだ。


「わかりました!お二人の幸せのために頑張りましょう!」



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