第二十話 怒りと悲しみ




 何が気に入らないのか知らないが、あんな男の言うことは無視だ、無視。


 そう心に決めたものの、リートはもやもやした気持ちを消すことが出来なかった。

 イライラもやもやしているリートはジェラルドの前でもうまく笑えなくて、おまけに心のどこかでアモルテスの言いつけを守ろうとしてしまうのか、触れないように微妙な距離を取ってしまった。


(これじゃあ、心を開かせられない……)


 放課後になるまで、リートはずっと悩んだままだった、


「リ、リート」


 そんなリートに、ジェラルドがおずおずと声を掛けてきた。


「その……もしも、予定がなければこの後、街に行かないか?お、俺のようなものでよければ、い、一緒にお茶を……すまん!俺なんかが女子とお茶など、調子に乗りすぎた!忘れてくれ!!」


 誘っておきながら自己完結して逃げ出そうとするジェラルドをしばき倒して拘束したアレスとオスカーとも連れだって、リートは街の人気のカフェへと連れて行かれた。


「その……今日は元気がないように見えたけど、何かあったのか?」


 お茶とケーキを楽しんでいると、ジェラルドが遠慮がちにリートに尋ねた。

 二人席に別れて座っているので、アレスとオスカーは別のテーブルで茶を飲んでいる。もちろん、ジェラルドに何かあれば飛び出せる位置にいるが、小声で話せば聞こえない距離だ。


「なんでもありません。心配してくださって、ありがとうございます」


 リートはにっこり笑ってみせた。

 だが、ジェラルドはリートの笑顔を見ても赤面して気絶したりしなかった。ただちょっと、困ったように眉を下げた。


「言いたくなければいいんだが……ひどく悲しそうな顔をしていたから、気になってな」


 悲しそうな顔?


 リートは目を見開いた。

 リートは今日一日、ずっと腹を立てていた。怒っていたのであって、悲しんでいた訳じゃない。

 アモルテスがあまりに勝手で、腹が立っただけだ。

 それなのに、ジェラルドにそう言われると、なんだか本当にこの胸のもやもやがすべて悲しみであるような気がしてきた。


「……なんでもないんです。ただ、ちょっと」


 急に胸を覆った悲しみに動揺して、リートは早口に言い募った。


「知り合いに、理不尽なことを言われて……その人にお願いされたことをしていたんですけど、そのやり方が気に食わなかったみたいで、やり方を変えろと叱られてしまって。でも、そのやり方じゃないとたぶん無理だってことはその人も知っているはずなのに、どうしてそんなことを言うんだろうって」


 目がじんっ、と熱くなったような気がして、リートは顔に力を込めた。


「その人、私には何を言ってもいいって思っているようなところがあって……これまでは「はいはい」って聞いてきたんですけれど、今回のは納得できなくて……」


 リートのとりとめのない話を聞いたジェラルドは、ふむ、と顎に手をあてて黙考した。


「その人は、たぶん、リートのことが好きなのだろうな」


 沈思の後で、ジェラルドがそう言った。

 リートは思わずフォークを落としそうになった。


「な、何を、おっしゃっているのです?」

「悪い。そう感じたんだ。リートの言葉からは、相手に対する深い想いを感じたし」

「そっ、そんなことある訳ないです!」


 あり得ない。リートはただの部下で、弟子で、後継者であるから傍に置かれているだけであって、特別な好意など持たれているはずがない。


 頭の中で「ある訳ない」と打ち消してから、リートはふと違和感を感じて首を捻った。

 部下で、弟子で、後継者。リートの肩書はそれだ。周囲もそう認めている。アモルテスの、後継者……


(……あれ?)


 そういえば、他の宮で後継者というものを見たことがない気がする。

 そもそも、永遠を生きる神に、何故、後継者が必要なのか。


「リート?」


 ジェラルドに呼ばれて、リートははっと我に返った。


「どうした?」

「な、なんでもありません」


 リートは慌てて誤魔化した。

 アモルテスがリートを後継者に選んだのだ。それを疑う余地はない。


(そうよ。余計なことは考えない。私は命令に従えばいいだけ)


 リートは自分に言い聞かせた。

 リートの様子を見ていたジェラルドは、幾度か口を開閉した後で思い切ったように言った。


「は、花は好きか?」

「はい?」

「公園に行かないか?この時期は花壇がきれいだ」


 ジェラルドはいそいそと立ち上がり、初めて自分からリートの手を取った。


「行こう、リート」


 ジェラルドに促され、リートは戸惑いつつも彼に従った。

 握られた手からぬくもりが伝わってくる。

 お茶に誘ったのも、公園に案内してくれるのも、全部自分を元気づけようとしてくれているのだと、リートは気付いた。


(やさしい、人だな。本当に)


 リートはぎゅっと口を引き結んだ。


(ちゃんと、他の女の子と幸せになれるようにしてあげなくちゃ)


 そう決意を新たにすると、何故かリートの胸が少し痛んだ。



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