第十八話 そこに耳があったので
指一本触れないという約束で隣に座ることを許してもらい、リートはジェラルドの隣で皇国史を繙いた。
なぜ、自分がチカン野郎のような扱いでこんなにも警戒されているのだろうと、リートはちょっと釈然としない気持であった。
(せっかくのチャンスなのに……)
ちらりとジェラルドの様子を窺う。彼は真剣な表情で課題をこなしている。
距離を縮める好機といえど、やりすぎてこれ以上アレスとオスカーに警戒されるとなおさらジェラルドに近づけなくなる。接近禁止令を出されたら本末転倒だし、今日のところは大人しくしておいた方がいいかもしれない。接近禁止令を出される婚約者ってなんだ?
いたしかたない、と小さく溜め息を吐くと、それを聞きつけたのかジェラルドがこちらを向いた。
「ど、どこかわからないところはないか?」
リートはジェラルドに笑いかけようとして、彼の手元を見た。
「え?もう終わったんですか?凄い!」
ジェラルドの広げたノートには皇国史が綺麗にまとめられていた。
「い、いや、皇国史は皇太子として幼少から学んでいるから」
照れて目を逸らすジェラルドに、リートは目を瞬いた。
ジェラルドは一人でさっさと課題を終わらせることが出来るのに、自分のために一緒にやろうと申し出てくれたのだ、とリートは気づいた。
リートの心が温かくなった。思わずジェラルドの手を握りそうになったが、指一本触れないという約束を思い出して踏みとどまった。アレスとオスカーの目がある。
仕方がない。触れる代わりに、リートは目で感謝を伝えようとした。ジェラルドの目をじっとみつめた、無言で。
ジェラルドからすれば、可愛い女の子に至近距離で顔を見上げられ、キラキラした目でじーっと見つめられている状態である。
そんなもん、頭に血が昇りまくるに決まっている。
茹で蛸のように真っ赤になったジェラルドは、ぶっ飛びそうな意識をなんとか保ってリートから顔を背けた。
そっぽを向かれてしまったため、リートの目の前にはジェラルドの横顔が露わになった。形のいい耳をじっと眺めて、リートは思案した。
指を触れてはいけない。目も合わせられない。
なので、リートは「この状況で自分に出来ること」を迷うことなく実行した。
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