放置

 佐伯 祥子(さえき しょうこ:仮名)さんという50代の女性から聞いた話。専業主婦で、自宅に長時間いることの多い佐伯さんだからこそ気づけた出来事。


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 お隣さんの様子がおかしいと感じ始めたのは、1ヶ月ほど前だった。80歳を超えるおばあさんが一人暮らしをしている戸建て住宅で、娘さんと思しき人が介護のためにほぼ毎日通っているのを、佐伯さんはよく目にしていた。


 昼ごろに2階を掃除していると、窓からお隣さんの門扉を開ける女性の姿が見える。いつもビニール袋いっぱいに入った食料品を持っていた。佐伯さんと同い歳くらいか少し上だろうか。あいさつをしたことはないのでおばあさんとの正確な関係はわからなかったが、年齢からして娘さんだと思っていた。


 娘さんにも事情があるのか、同居は難しい様子。それでも、佐伯さんが家族で引っ越して来た6年ほど前から娘さんはお隣に通っており、それで問題ないと思っていた。


 しかし、ある日を境に娘さんの姿を見かけなくなったのである。同居を始めたのかとも思ったが、そうではなかった。深夜になると、お隣のおばあさんが近所を徘徊しているという噂が流れてきたのだ。介護が必要なおばあさんを誰も監視していないのだろう。


 佐伯さんは真相を確かめるべく、深夜に2階の窓からお隣さんの庭先を覗いた。案の定、おばあさんが寝巻き姿のまま外に出ようとしていたので、警察に通報、保護してもらった。


 以来、おばあさんが徘徊することはなくなったが、お隣の家の異常さが増した。お隣の2階の窓に図鑑でも見たことないような虫が夥しい数張り付いているのが見える。虫の数はどんどん増えていき、佐伯さんの家の方にまで飛んでくるようになった。


 そんな状態が1ヶ月ほど続き、佐伯さんは再度警察に通報。お隣を調べてもらうことにした。


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 後日、お隣の娘さんが逮捕された。深夜、ベッドで寝ていた母親の腹や胸を包丁で複数回刺して殺害。警察に通報することなく、その場から逃走した。


 発見された当時、家の中は足の踏み場がないほどのゴミ屋敷状態。2階にあった母親の死体は腐敗が進み、肉が溶け出し、一部の内臓や骨が露わになっていたとのこと。


 この事件は新聞にも載り、娘さんは「重度の認知症だった母の介護に疲れた。自分も死のうと思っていたが怖くなり死ねず、逃げてしまった」「後で警察に通報しようと思っていたが、自分のずぼらな性格のせいで明日、明後日と延びてしまった」との旨を語っていた。


 一連の事件を知り、佐伯さんは胸が締め付けられる想いがした。もし自分が通報していなければ、娘さんが逮捕されることはなかったかもしれない。それに、いつかは自分の両親や夫の両親を介護をする日が来る。そう思うと、お隣の娘さんと同じことをしてしまわないとも言い切れない、と語ってくれた。


※ご本人や関係者に配慮し、一部内容を変更しています。

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