快楽と名誉の代償

 松田 謙也(まつだ けんや:仮名)さんという男性から聞いた話。


 松田さんの中学時代の同級生(Aとする)が異様な状況に陥ってしまったエピソードである。


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 松田さんが大学を卒業し、社会人となって3年が過ぎた。仕事が忙しく、休みの日も寝て過ごすことが増えた松田さん。学生時代は友人たちとよく遊んだものだが、段々と距離が生まれ、疎遠になる者も少なくなかった。


 しかし人生とは不思議なもので「もう二度と会うことはない」と思っていた旧友と、思わぬ形で再会することがある。


 その日、松田さんはスマホでアダルト動画を見ていた。主演は、多くの人がその名を知っているであろうレジェンド級の女優。


 その動画に、松田さんの中学時代の友人Aが出演していた。素人モノの作品で、素人の男優として顔を隠さず出演していたのである。


 松田さんとAは中学2〜3年生の時に同じクラスで、数日に1回くらい話す程度の、仲良くも悪くもない関係だった。しかし、中学卒業後は全く連絡を取っていなかった。電話番号やメールアドレスさえ知らない。


 10年近く会っていないわけだが、画面に映るAは当時の面影があった。間違いなく本人だ。有名女優と絡み合える絶好の機会だと思い応募したのだろうか。男としては羨ましくも感じたが、素顔まで晒して行為に及びたいかといえば、そんな勇気はない。


 松田さんは知り合いの性行為を見る気になれず、冒頭のインタビューの段階で動画を消した。


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 数日後、松田さんは同じく中学からの友人であるBと飲むことになった。Bとは高校も同じだったこともあり、Aより関係は深い。社会人になっても年に数回は顔を合わせている。


 Aの動画があまりにも衝撃的だった松田さん。居酒屋に入り、飲み始めるとすぐにその話題を切り出した。


「中学の頃、Aってやついたじゃん?あいつ、AVに出てたの知ってる?オレ、この前偶然見つけてさ。吐きそうになったわ。」


『ああ、やっぱりアレ出回ってんだ。』


 Bは驚くかと思ったが、すでに知っていた様子。松田さんはおちゃらけた感じで続けた。


「まぁ相手の女優が有名すぎるもんなぁ。世の男のほとんどが見たんじゃねーかな、あの動画。同級生から有名人出ないかなーとか思ってたけど、まさかこんな形になるとはな。」


 笑い話のように話す松田さんだったが、Bは深妙な表情をしていた。


『…オレ、いま会社の人事やってるって言ったじゃん。実はこの前、あいつウチの会社の面接受けに来たのよ。オレは同席してなかったんだけど、上司が対応してさ。』


「マジかっ!?どうなったの?」


『不採用。素性を調べたら例の動画がすぐ見つかって。会社的に採用は難しいってことで見送りになったんだよ。』


「うわぁ…やっぱりか…」


『多分だけど、別の会社でも採用されてないんじゃないか?オレとしてはどんな動画に出てていようが悪いってことはないと思うんだけど、社会的には認められないよな。』


 Aがどうしているのか、そもそも生きているのか気になった松田さん。BがAの電話番号を知っているとのことだったので、その場で電話をかけてみることにした。


 数コール後、Aが電話に出た。声の感じは中学時代とほとんど変わりない。意外にも元気そうだった。


 もちろん、AがBの勤めている会社を受けていたことを話すつもりはない。それとなく何の仕事をしているのか聞いてみたところ、現在は求職中とのことだった。


 いざAと話してみると、松田さんは動画のことを切り出せなくなった。Aにとって触れられたくない話題だろうという気持ちから「今度飲もう」などありきたりな会話しかできなかった。


 しかし、Aは松田さんが電話してきた理由に気づいていたと思う。10年も会っていない同級生がわざわざ電話してくるなんて何かのきっかけがあった、つまり例の動画を見たことくらいしか考えられない。


 Aは終始元気そうに話していたが、その裏にある暗い部分を必死に隠そうとしているように感じた。


 Bの予想が正しければ、Aは例の動画によってほとんどの会社から採用を見送られている可能性が高い。そして今後も他人とは比較にならないほど厳しい就職活動、いや、生活が続くだろう。


 一瞬の快楽と名誉の代償はとても大きかったようだ。


 他人に知られたくない過去の恥ずかしい行いを「黒歴史」と表すこともあるが、Aの場合はそんな言葉で片付けられるものではないかもしれない。


 1ヶ月後、松田さんは一か八かAを飲みに誘おうと電話をかけた。しかし、Aの電話番号はすでに使われていなかった、と語ってくれた。


※ご本人や関係者に配慮し、内容を一部変更しています。

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