血まみれ男の事情
石田 純平(いしだ じゅんぺい:仮名)さんという男性が体験した話。
石田さんは、かつて私が入院していた病院の外科医。「変わった患者さんに出会ったことはないですか」と聞いたところ、こんなエピソードを聞かせてくれた。
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某日、22時半ごろ。石田さんが働く病院に、急患が運ばれてくるという連絡が入った。
救急隊員の話では、患者は男性、年齢25歳、手術歴なし、首から大量に出血。現在、救急車で搬送中であり、10分後に到着するとのこと。
急患の男性は、救急隊員とともに歩きながら処置室に入ってきた。首元に白いタオルを当てていたが、一部が赤く染まっている。
服装は上下グレーのスウェットだが、左半分は血を吸って濃い灰色に変わっている。
一見すると大変な状態ではあったが、男性の意識ははっきりしていて、名前や生年月日、今日の日付を聞いても問題なく答えた。表情も冷静そのもの。
普通の人なら、血まみれの人間を見たら恐怖を感じるだろう。しかし外科医である石田さんにとって、血まみれの患者を見るのは珍しいことではない。
自身の経験と、男性の状態から出血量はそれほど多くないと判断。余裕を持ちながら診察、縫合手術の準備をしていた。
男性に、家族は付き添っているのか聞いたところ、来ているのは同棲中の彼女のみとのこと。
男性にとって今回が初めての手術となるため、顔に出ていなくても不安を感じているかもしれない。石田さんはその不安を払拭しようと、
「もしかして彼女に噛まれたんじゃないの?ケンカでもした?」
と冗談で聞いてみた。すると、男性の表情が一瞬にして暗くなった。そして、
『はい』
と小さく頷いた。
石田さんは最初、男性が自分の冗談にノリで応えてくれたのだと思った。しかし、
『彼女は悪くないんです!オレのせいなんです!全部オレが悪いんです!!』
男性はこれまでと一変して激しく動揺し始めた。冗談を言っている人間の形相ではない。
「ま、まぁそういうのはウチの担当じゃないからさ…とりあえず傷口を消毒して、縫合しようか。」
石田さんは男性を落ち着かせ、手術に取り掛かった。
傷口を見ると、確かに生き物に噛まれたようであった。皮膚が剥がれ、筋肉が露わになっている。刃物で切ったようなきれいな傷ではなく非常に粗い。
局所麻酔をし、一度傷口をメスで切ってから縫合する必要がある。石田さんは「冗談で言ったことが、まさか事実だったのか」と半信半疑になった。
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手術は数十分で無事終了。石田さんは、男性の付き添いで来た彼女に容体を伝えるため、待合室へと向かった。
ソファに小柄な女性がちょこんと座っていた。年齢は男性と同じくらいだろう。
「付き添いの彼女さんですね。彼氏さんの手術終わりましたんで、安心してください。もう少し待っててくださいね。」
『ありがとうございます。』
そう答えた女性の口元、唇の端から左頬にかけて褐色の何かが付着していた。拭き取った痕跡があるものの、外科医である石田さんにはそれが何かすぐにわかった。血の跡だ。
血は酸素の供給がなくなると、赤色から褐色に変化する。体外に出た血は時間と共に乾燥し、変色していくのだ。
石田さんの中で、先程の冗談はほぼ100%真実となった。
しかし、この男女の間に何があったのか調べるのは警察の仕事だ。それに、愛には様々な形がある。
医者である自分がこれ以上深入りする必要はないし、深入りしたくなかった、と語ってくれた。
※ご本人や関係者に配慮し、内容を一部変更しています。
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