第三章 ~旅人と砂漠のオアシス~

1 親切な人

 背に腹は代えられぬ。


まさに今の状況にぴったりな言葉だ、とナサは思った。

追っ手から逃れ。見た事も無い砂漠の土地を進まなければならない皇女と侍女にとって、絶やさない優し気な笑みで手を差し伸べてくれる青年はまさに救世主だった。

砂漠は何も知らない放浪者には、命取りになる過酷な環境だ。

特に水も食料も無いとなると。

だから、ついていくしかなかった。

十代後半ぐらいであろうその青年の名は、

【ルシファ】といった。

少し金色がかった茶髪に翡翠の瞳。

膝下まである長い外套には帽子のようなものが付いていた。

「ルシファ、どうして外套に帽子が付いているの?」

メルは初めて見る他国の服に興味津々だった。

「外套……あぁ、『コート』の事? で、こっちの帽子は『フード』。砂漠は日差しが強いから、それを少しでも遮断するためかな。ま、もっとも暑すぎてコート自体を脱ぐ事が多いけど」

「コート……フード……へぇ……!」

ナサはそんなメルを静かに見守っていた。

少しでも、笑顔が戻って良かった。あんな事があったばかりでもうどうにもならないかもしれないと思う節もあったけれど。

一方で、ルシファを警戒していた。

いくら友好的といえ、こんな場所で素性の知らない者を自分から誘導しようだなんて普通思えるのだろうか。

そもそも、こんな砂漠のはずれにこんな運良く人と巡り合うなんてことあるのだろうか。

不審な点が多過ぎる。


それでも。


メル様が死なずに済む道があるのならば。

どんな小さな可能性にでもしがみつくしかない。

たとえ、この男が怪しい者であっても。

王妃様の望み通りに。

そして。


私の望み通りに。


「どうして旅をしているの?」

とメルが聞く。それはナサも聞きたかった事だ。

いや、正確に言えば本当に聞きたかった事の遠回しの言い方だが。

ルシファはうーんと少し考えて、

「見たいものがあるから、かな」

と答えた。

「見たいもの?」

見たいものって何、何? とメルは期待しながら答えを求める。

「もう……何度も見ているんだけど。……何度見てもあきない」

「そんなにすごいものなの?」

私も見てみたいな~とメルは目を輝かせる。

ルシファは、メルの方を見て満面の笑みを浮かべこう言った。

「俺には、この世で一番素晴らしいものさ」

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