第二章 ~禁じられた森を抜けて~
1 一緒に
月の光が森を歩き回る二人を真上から照らしていた。
既に何時間も歩き続けていた。それでもまだ目的地は見えてこない。
国から逃れる唯一の道が。
アイサイ公国の皇女、メルは一夜にして全てを失った。家族も民も故郷も。
それも全てまったく見覚えもない知らない少年の手によって。
メルは、侍女のナサと共に少年の魔の手から何としてでも逃げ続けなければならなかった。
それが命尽きた者達へのせめてもの恩返し。
逃げて、生き続ける事。
公国で唯一生き残った二人は、希望の無い運命を進む。
皇女といえども、いつも森で遊び回っていたメルは体力のある方だった。だが、こう何時間も休まずに歩いていると、さすがに疲労が溜まってきた。
足の裏がじんじんと痛む。
でも、生きなければ。
その想いだけが何とか体を動かしていた。
ナサは疲れないのかな。
メルは、自分の目の前を歩く侍女の背中を見つめる。
逃げる時、ナサはメルを抱えて走り抜けてきた。
きっと私よりも体力を消耗しているはず。私の侍女だから、弱みを見せられないのかな。
私は別に構わないのに。
今日、初めてナサの泣く所を見た。
あのナサが……。
私には怒ってばかりで、他の人の前では平然としている、あのナサが。
本当はもっと感情が激しいのかもしれない。
侍女だからって色々我慢とかしていたりするのかも。
今日、初めて侍女の心に触れた気がした。
ナサとの主従関係の始まりはいつだったっけ。私は知らないけれど。
でも、初めて見たときの衝撃は未だに覚えている。
綺麗な銀髪と見惚れた。それは、今も変わらないけれど。
最初、感情を表に出さないナサは近寄りがたい存在だった。
どんな話し方をしても、表情が変わらない。
人形みたいだった。
でも、本当はいつもどこか虚ろで悲しそうな瞳をしていて。
言葉や表情で測る事は出来ないけれど。
それが……少し壁を感じさせる。
私は、まだまだナサの心を知らない。ナサを知らない。
そう実感してしまった。
一緒にいる事が当たり前になり過ぎていたのかな。
「ここまで来れば、しばらくは大丈夫でしょう。メル様、こんな場所ですが少し仮眠をとって下さい。先は、まだ長いですから」
ナサはそう言うと、地面の葉を少しならした。
「ナサは眠らないの?」
私はまだ大丈夫だから、とメルは言う。
心配そうに自分を見上げるメルにナサは少し微笑んだ。
「私の事は心配なさらないで下さい」
ナサはメルの手をとり、地面に寝かしつけた。
メルは、途端にうとうとし始める。
疲れのせいでいつもの倍以上は速く寝られそうだ。
ナサはメルの手を離し、隣に座ろうとする。
が、寝ぼけ眼のメルはナサの袖をぐいっと引っ張る。
ナサは少々驚き、メルの方を振り返る。
「……どこにも行かないでね、ナサ」
寝言だろうか。何でも良い、とナサは思った。
「勿論です、メル様」
そう言うと、ナサはもう一度メルの手を取りながら隣に座った。
さっきよりもずっと強く握って。
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