5 矢の先
お父様の。
メルはぽつりと呟いた。
「どうして貴方がそれを……?」
王妃の唇は、震えていた。
「どうして、と? お察しの通りですがね、王妃」
少年は悪びれもせずに淡々と話す。
何?
何が起きているの?
メルは自分の目を疑った。
まさか
……ううん、あのお父様に限ってそんな事は無い。
だって
強くて厳しくて、でも本当は……優しい……。
「お父様」
と呟きながらメルは天幕の奥から顔を出す。
ナサもメルを戻そうと出てくる。
王妃は、二人に気付き取り乱していたにも関わらず二人に早く戻るように言う。
だが、仮面の少年はその事を見逃しはしなかった。
それどころか、メルが出てきた事で自体は急に悪化する。
「見つけた……見つけた! あの女が!
どの国を探してもいなかったあの女が!
まさか! こんな辺境の地にいたとは……!」
高らかに叫び声にもとれる笑い声をあげ、仮面の少年は左手の指を鳴らす。
これが悲劇の合図だった。
どこからともなく、白装束の軍隊が広場に押し寄せてきた。群の中には、民に変装していた者もいた。人々はこれからどうなるのか、と身動きが取れずにいる。
仮面の少年は、軍に高らかに告げる。
「アイサイ公国の民は、お前たちの好きにしろ」
仮面の少年は、メルの方に向かって指さす。
「だが、あの女を殺すのは僕だ」
人々は、悲鳴をあげ逃げ惑った。しかし途中で軍の刃にかかり血飛沫をあげ息絶えていった。何人かの者は抵抗しようとしたが、平和な国の民は戦い方を知らない。あっけなく倒されていった。両親が殺され泣き叫ぶ子供。軍はその子供にも容赦なかった。
青い海を愛したはずの民達は、今や赤い海に横たわっていた。
軍の残忍さを見た王妃は、ナサにこう告げた。
「メルを連れてこの国から逃げなさい」
ナサは首を振り何か言おうとしたが、王妃は制止した。
こうしている間にも、仮面の少年はこちらにやってくる。
「これは命令です。私の……最後の命令」
ナサは困惑した表情をみせた。
彼女は侍女。
主君の命令は絶対なのだ。
それが例え……主君を見捨てなければならなかったとしても。
無言で頷く事しか出来なかった。
ナサは、さっきから自分の近くに寄せていた弓矢の袋を背負い、メルを抱きかかえた。
「メル様は命にかけても守ってみせます。……どうかご無事で、王妃様」
無理だとしても。願わずにはいられない。
「メルをお願いね、ナサ」
ナサは、王妃の言葉を聞き届けると駆けだした。
「お母様は?」
とメルが尋ねるが、ナサは何も答えなかった。
お母様は、どうやって逃げるんだろう?
メルは不安そうに見つめた。
「やっと見つけたんだ、逃がすものか!」
怒り狂った少年は、所持していた弓を引いた。
矢の向かう先は、メルとナサだった。王妃は、それに気付いた。
「あの二人を守れ!
王妃が声をあげ手を振りかざすと、メルの
水は矢に直撃し、二人に届く寸前で水によって折られた。
鉱物をも砕く力を持つ、水だからこそ為せた事である。
王妃はほっとした。
良かった無事で……。
そう思った瞬間。
シュッ。
弓の引かれる音がした。
今度は二人の方ではない。
矢は王妃の胸を貫いていた。
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