4 生誕祭

メルは特別な行事の時用の冠を着けられ、王宮の扉の前で待たされた。

「この冠を着けるのあんまり好きじゃないよ」

と言うとナサから、

「貴方は、嫌いなものが多過ぎます! その冠を着けることはとても名誉なことであり、皇女としての責任を促す……」

と叱責されたが、途中で耳を塞いだ。



皇女。確かに私は皇女として生まれてきた。

だけど、それ以前に私はまだ子供だよ。

皇女としての責任や自覚なんて正直、私には……


重過ぎた。



衛兵の一人が、祭が始まるからとメルを呼びに来た。

メルは衛兵の先導のもと、祭が行われる街の広場に向かって歩き始めた。ナサは、それに続く。


祭が始まると、民達は大いに騒いだ。歌や踊りを皆、皇女のために捧げた。

しかし、当の本人はつまらなさそうに欠伸をしながら天幕の中で椅子にのけぞりながらそれらを眺めている。

たまに水術ウォーリアンを使って演舞を披露する者もいる。その時、民達は一際大きく歓声を上げる。どんなに時が流れようとも水術ウォーリアンは民達にとって命のようであり、宝なのである。


一方、メルは複雑な表情になり早く王宮に帰りたいと思う。

民とは対照的だ。

メルにとって水術ウォーリアンは心地いいものでは無かった。

今は余計に、自分を地獄に引き込むような禍々しさを感じる。

逃げ出したくてたまらなかった。


「メル様、出番ですよ」

とナサが小声で教える。

メルはおずおずと椅子から立ち上がり、天幕の開いたところからちょっと顔を出す。


胃の辺りが気持ち悪くなってきた。


浮かない顔をしている(というより今にも吐きそうな顔)の我が子を見た王妃は、メルに声をかける。


「どんな結果でも、貴方らしくありなさい」

メルは、王妃の顔を見る。

「てっきりお母様は叱るとばかり……」

「勿論、怒っています。まだね。でもそれよりも今日は自分の娘の誕生日よ。

……もう、こんなに大きくなったのね、メル」

そう言って、王妃はメルの頭を撫でて、

「おめでとう、メル」

といつもの穏やかな笑みで囁いた。

王妃は、眉を少しつりあげ、

「明日からは、きちんと水術ウォーリアンの練習をするのよ!」

と言ったがすぐに満面の笑みを浮かべ、メルを広場の真ん中に行くように促した。

メルは天幕から一歩、足を踏み出す。


メルは周りを囲む民達を見渡した。皆、期待の目をメルに向けている。


不安の波がまた心に押し寄せる。

それでも、メルはやるしかなかった。


水術を使おうと手を振り上げた


その時。



「アイサイ公国の王妃はいらっしゃいますか!」


広場に響くキンッとした少年の声。

メルはその声に耳覚えなかった。

国と言っても、狭く民も少ないアイサイ公国。

また民自体、友好的なためメルはほとんどの民と知り合いだった。

高い声の少年は、人混みをかき分けて広場の中央に出てきた。

人々は、こんな少年がいつからいたのかと目を丸くする。


少年は不気味な装飾の仮面をつけており、真っ白な軍服に身をつつんでいた。


メルは、少年が出てくる前に王妃のいる天幕の中に一旦戻った。

何故だか分からないが、体が勝手に動いたのだ。

あの少年は好かないと体が言っているかのようだった。

ナサはというと、人々と同じように目を丸くしている。

ただ人々の目は驚きだが、ナサはどちらかというと……恐れだった。


ナサも何となくあの人が嫌だと思っているのかな。


メルは気付かなかったが、そのナサは近くにあった弓矢の入った袋を自分の方に寄せていた。


「今は、水術ウォーリアンの儀式の最中ですよ!」

王妃は、椅子から立ち上がり少年の方へと一歩、足を出す。


「これは、とんだ御無礼を。何せ僕はこの国出身では無いのでね」

少年が本当に申し訳ないと思っているのか、仮面で表情は分からない。


「他国の者が何故この地に? 一体、何をしにこの国に来たのですか?」

人々は不安そうな顔を浮かべ始める。他国からの人物と会った事が無い者ばかりであった。


「会いたい人がいるんですよ。ずっと探し求めていた者が……。いるのでしょう、ここにあの女が!」

穏やかな雰囲気から一転、彼は如何にも危険な雰囲気を醸し出していた。


「誰の事です?」

その異変に王妃は気付き、ナサに手でメルを奥へ、安全な場所へやるように指示した。

少年を見続けていたナサははっとし、すばやく指示に従った。

メルは、何が起きているのか頭が追いついていなかった。


「惚けたって無駄です。全部彼から聞いたのですから」

そう言いながら、少年は自分の懐から何かを取り出した。

その何かを見た瞬間、民達はどよめき、王妃は力なくその場に崩れる。


メルは、目を離せずにいる。



父の冠だった。

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