祝福のエレメント ~故郷を家族を全て失った皇女と侍女の逃亡劇~

ひじり

第一章 ~海と緑に守られた国~

プロローグ

 薄暗い森の中。

聞こえるのは走って踏んづけた葉の砕ける音。そして荒い呼吸音だけ。


「どうしてこうなってしまったんだろう」

木々の間を走り抜けながら、十三になったばかりの少女は思う。

そして自分の前を走る女性の背中を見つめる。


女性は、弓矢を背負っている。


「矢なんて」


空虚だった少女の瞳が曇る。少女は足元にあった小石に気付かず、あっ! と躓き転ぶ。

事態に気付いた女性が引き返し、少女の元へかけ寄る。

冷たい水のようなものが額から流れ落ちる。

少女はそっと額を触り、触ったその手を見る。


血だ。


少女の瞳は更に曇る。

女性の心配する声も差し伸べた手にも気付かない。


少女の曇った瞳には砂嵐が流れていた。

嵐が段々と晴れていくと、赤い海が広がっていた。

赤い海に横たわる人々。

その人々がどこで何をしていた人か、自分の事をどう想ってくれていた人か、少女は痛い程に理解していた。

知らない人は赤い海に佇む一人の後ろを向いた白い軍服の少年だけ。

少年の顔がゆっくりと少女の方へ向き始める。


これは全て過ぎ去った記憶。


今は少女と女性しかいないし、周りは緑が生い茂る暗い森。

それでも、少女は現実ではない記憶の世界から戻れない。

少年の顔がこちらに向く程、少女の顔はこわばり始める。


恐怖、なのであろう。


少年は装飾が施された白い仮面を付けていた。顔が見えない分、少年の表情は読み取りにくい。だが、口元は微かな笑みを浮かべていた。

その口から奏でられる狂気に満ちた笑い声。


私は、きっと永遠に忘れられない。



苦痛に顔を歪め、少女はギュッと歯をくいしばった。

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