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Rinora

01話.[今日から居残る]

「にー、起きてー」


 目を開けると既に朝だった。

 先程寝られたばかりなのにどうしてすぐに朝はきてしまうのか。

 そして、普段はこちら側が起こす方なのに起こされているということが悲しかった。


「おはよ」

「うん、おはよう」


 時間は……ああ、まだそう急がなくてもいいぐらいのようだ。

 それでも制服に着替えるからと妹には部屋を出てもらって、のんびり着替えを開始。


「にー」

「どうしたの?」

「今日は遅くなるから」

「分かった」


 それなら急いで帰る必要もなくなったわけか。

 じゃあ放課後は教室で時間をつぶしてから帰ろうと決めた。

 とにかくいまは朝食を作ったり、洗濯物を干すために行動する。


「あ、友達に誘われたからもう行くね」

「うん、気をつけて」

「にーもね」


 ご飯は……あ、一応ちゃんと食べてくれているようで一安心。

 こっちもゆっくり食べて、しっかり鍵をしてから家を出た。


「今日もいい天気だなあ」


 最近は全く雨が降っていない。

 雨も好きだから僕的には降ってくれていいんだけどと内で呟く。

 学校は地味に遠いし、そういう楽しみがないと飽きがきてしまうものだ。

 そんな感じで僕、宍戸暁ししどあかつきはわがままな人間だった。


「宍戸君、おはようございます」

「あ、おはようございます」


 この人は国語の教科担当の中西由美ゆみ先生だ。

 担任の先生というわけではないものの、どうしてか話す機会が結構あるという感じ。


「今日は妹さんと一緒ではないんですね」

「はい、友達に誘われたみたいで先に行きましたから」

「よく見ておいてくださいね、あの子は……はぁ」

「わ、分かりました」


 どうしてか、ではないか。

 大抵は妹、一葉かずはのことで文句を言われることになるからだ。

 どうやらあまり真面目に授業を受けているわけではない様子。

 ただ、他の先生から言われたことはないから中西先生の授業時限定なのかもしれない。


「おはよっ、う!」

「痛いよ」


 何故かこうして毎日叩かれる。

 仲が悪いとかでは……ないはずだけど。


「ねえねえ暁っ、隣のクラスに可愛い子がいたよっ」

「そりゃいるでしょ」


 ああ、彼はいつだってハイテンションだ。

 あと、可愛い子を求めているのかもしれない。

 ちなみに挨拶と同時に叩いてくるのは僕限定だった、うん、嬉しくないね。


「暁は興味がないの?」

「興味がないわけではないけど、隣のクラスになるともうほぼ異国の地みたいなものだし」

「分かるっ、だけどそこに足を踏み入れていくのが面白いんだよっ」


 勇気があるな、ひかるは。


「おはよー、田島くんは今日も元気だね」

「うんっ、おはよう!」


 彼はどちらかと言うと異性といることの方が多い気がする。

 なんか小動物みたいで好かれるようだ、確かに明るいところは嫌いではない。


「暁っ、一葉ちゃんを連れてきてもいい?」

「え、それは一葉がいいならいいんじゃない?」

「行ってくるっ」


 あと、一葉のことを気に入っている。

 恋愛感情があるのかどうかは分からないものの、光ならお似合いだと思っているけど。


「にー、なんか拉致られた」

「一葉と一緒にいたかったんだよ」


 妹はなんかゆっくりとした喋り方をする。

 マイペースなところが多いから人によっては嫌かもしれないし、いいかもしれないし。

 告白されることは多いみたいだからいい方向に捉えてくれる人が多いみたいだ。


「光ちゃんは今日も元気だね」

「そりゃそうだよっ、毎日が楽しいからねっ」

「でも、教室でゆっくりしていたのに無理やり連れて行かれて私は不満」

「まあまあっ、一葉ちゃんだって暁といたいでしょっ?」

「にーとは家で一緒にいられるから」


 とにかく真っ直ぐにぶつかれるのが光のいいところだから一葉も負けてしまうかも。

 照れたら破壊力がすごそうだし、案外光の方が恥ずかしがって行動できなくなるかもね。


「それよりにー、ゴムって買ってくれた?」

「あ、今日の放課後に――」

「なっ、なななっ、なに言ってるの!」


 うん? あ、これはまたベタな反応をしているわけか。

 一葉もそれを分かっているからこそそういう言い方を選んだと。

 光は可哀相でもあるな、完全におもちゃ扱いされているよ。


「今日の放課後に買ってくるから」

「うん、ありがとー」

「だ、駄目だってっ、高校生がそんな物買ったらっ」


 知識だけは普通にあるからこういうことになる。

 ああ、どんどんと一葉が嗜虐的な笑みを浮かべていく。

 普通のことだからこちらが普通に対応しているのにどうして気づかないのか。


「光ちゃん、ゴムってどういう物を想像をしたの?」

「へっ!? そ、それは……」

「ヘア、ゴムだよ? 最近、ぷっつりと切れちゃったんだよ」

「ええ!?」


 こ、声が大きい。

 こんなのじゃ中西先生から光のことでも怒られてしまうかもしれない。

 授業時に集中できていないのは彼もそうだからだ。


「ほら、私はいつもポニーテールなのに今日は違うでしょ?」

「確かに……」

「って、いま気づいたの? もう、光ちゃんはあれだね」

「あれってどれ!?」


 そうされないためには大袈裟な反応をやめるべきだ。

 でも、それをやめてしまったら光らしくないからいまのままでいいと思ったのだった。




「い、イケないことをしていたら駄目だから僕も付いていくからっ」

「うん、別にいいけど」


 放課後になったら食材を買うついでにヘアゴムを買って帰ることにした。

 一葉は約束通り帰りが遅いみたいなのでそう焦る必要もないのがいいところだ。


「兄妹だけで暮らしているんだよね? イケないことをしていないよねっ?」

「してないよ、一葉はほとんど部屋にこもっているからね」


 ご飯を食べたいときとお風呂に入りたいとき以外は引きこもり気味だ。

 だからこそ今朝起こされたのは複雑だった。

 流石にあのマイペース妹に起こされるのはショックでしかないから。


「じゃあ今日は確認のために泊まるよっ」

「いいよ、ご飯を作ってあげるよ」

「ありがとう!」


 結局のところ彼は寂しがり屋なのだ。

 いつだって人といることを求めている。

 それができていないときは実に落ち着きなさそうにするから分かる。

 まあ、苛められていたことがあって一時期は酷かったからなあ。

 それがなくなってからは無理なハイテンションキャラになってしまったのだ。

 ただ、いまの僕からしたら光は明るい方がいいから続けてもらうのが一番。


「暁がいてくれて一葉ちゃんは嬉しいだろうね」

「どうだろうね、便利屋ぐらいにしか思っていないんじゃないかな」


 大体はなにかを買ってきてとかしか言わないし。

 家でいられるからなどと言っていたものの、それすらもないと言っていい。

 ご飯だって一緒に食べないし、お風呂だって入れと言っても入らないし。

 だから結構大変なのだ、洗い物やお風呂掃除のタイミングを考えないといけないから。


「はい、これね」

「むむ、ヘアゴムだ……」

「でしょ?」

「でも、どうせならもっと可愛いやつにしようよっ、せっかく一葉ちゃんは可愛いんだしっ」


 なるほど、確かにそれも悪くはないかもしれない。

 が、如何せんセンスがないので光に任せてみることにした。

 そうしたらやたらとひらひらした感じの物を持ってきたからそれを購入して帰宅。


「ただいま」

「お邪魔します!」


 当然、友達と出かけている一葉はいない。

 気にせずに食材を冷蔵庫にしまって洗濯物を取り入れてしまうことにした。

 ご飯はある程度後でいい、光は泊まるんだからいつでも文句は言わないだろう。


「ただいまー」

「あれ、早かったね」

「うん、予想していた時間よりも早く終わったから」


 どうやらみんな彼氏さんに呼ばれてしまったらしい。

 いまは恋人がいるのが当たり前か、モテたことがない僕はどうすればいいんだろうね。


「じゃ、部屋にいるからご飯ができたら――あれ、光ちゃんもいたんだ」

「今日は泊まるんだっ」

「そっか、じゃあ私の部屋に来なよ」

「いいのっ? 行くっ」


 というわけで元気な光が連れて行かれてしまった。

 僕は意地でも部屋には入れてくれないから嫌われているのかもしれないね、うん。

 とにかく、一葉が帰ってきたのならということでささっとご飯を作ってしまうことに。

 いまはなんとも言えない季節だ、だから料理のチョイスもなんとも言えない物になる。

 まあ、いつ食べても美味しいのは決まっているから構わないだろう。


「さあ、できたわけだけど」


 呼ぶべきなのかどうか。

 二階に移動して妹の部屋の前で待機してみたらよくない声が聞こえ始めた、光の。

 ああまた苛められているんだなと分かったら可哀相になってきたからノックをする。


「あ、暁……」

「できたよ、だからふたりとも下りてきて」

「わ、分かった」


 なにをされていたのかなんてどうでもよかった。

 ご飯を作ったんだから温かいときに食べてほしいだけ。


「いつもにーは邪魔をする」

「違うよ」

「そういうところは嫌い」


 相手が慌てているところを見て面白がっている方が悪い。

 ただまあ、そんなことは口にはしなかった。

 両親もあと数日で家に帰ってくる。

 そうなれば家事だってなんだって母がやってくれることだろう。

 そうしたらなるべく家で過ごさないようにするだけだ。


「暁は上手だねえ」

「うん、まあそこそこやっているから」

「調理は上手い人がやればいい」

「って、一葉ちゃんは暁に任せ過ぎじゃない?」

「いいの、だってそれをにーも望んでいるんだから」


 ……細かいことを言っても仕方がないからなにも言わない。

 ふたりが食べ終えたら食器を洗って、一葉がいなくなってからご飯を食べた。


「なんでそんなことをするの?」

「光は知らないままでいいよ」


 簡単に言えば宍戸家の中で弱い立場にいるというだけだ。

 両親に言われたから家事をしているだけ。

 だから帰ってくればそれすらもなくなるわけだ。


「一葉のところに行ってきなよ」

「ううん、暁といるよ」

「そっか、まあもう終わるけどね」


 時間をずらすために不効率なことをした。

 避けているのは自分だったかと内で笑ったぐらい。

 僕は家族のことが嫌いだ、そのことだけははっきりとしている。


「あ、お風呂溜まったから入ってよ」

「入ってくるっ、ぶーん!」


 明るくいてほしいのはそういうところに影響してくるからだ。

 頼むから光には純粋無垢なままでいてほしかった。

 

 


「暁、入るよー」


 ああ、今日も寝られないことが確定したことになる。

 そのまま一葉の部屋で寝てくればよかったのにと思わずにはいられない。

 泊まってくれるのは別に構わないが、ここだけは勘弁してほしかった。


「あれ、お勉強をしてたの?」

「うん、これぐらいしかやることがないから」

「僕が泊まっているんだから相手をしてくれればいいのでは?」

「妹と楽しそうにしているのに邪魔できるわけがないでしょ」


 できれば近づきたくないんだよ。

 頼りにしてくれているわけじゃない、あれは見下されているだけだ。

 だから仲良くなんかない、光からすればそう見えるのかもしれないけどね。


「ふぁぁ、だけどはしゃぎすぎて疲れちゃった」

「じゃあ寝なよ」

「うん、おやすみー」


 客間に布団を敷いてあるからと言う前にベッドに寝転んでしまった。

 それからすぐに聞こえてくる彼の静かな寝息、彼はのび◯君なのかもしれない。


「にー」

「どうしたの?」

「そっちに光ちゃんが……あ、寝ちゃったんだ」

「うん、やって来たと思ったら急にね」


 これで部屋では無理でも寝られるようになったから感謝しかない。


「もうすぐパパとママが帰ってくるね」

「そうだね」

「そうしたらにーはなにもしなくなるの?」

「求められない限りはしないよ、母さんの方が完璧だし」


 母は専業主婦で父が働いて支えてくれている。

 いまどき専業主婦ができるぐらいだからそれはもう相当なことだろう。

 今回は出張の父に付いていっていただけだ、本来なら家の番人をしているところで。


「一葉は嬉しいでしょ? 母さんが作ってくれたご飯が好きだし」

「うん、にーは嫌いな物を嬉々として入れてくるから嫌」

「一葉が嫌いな物には栄養があるからね、入れるしかないんだよ」


 わざわざ作り分けたりするのが面倒くさいからそうしているまでのこと。

 意地悪をしているとかそういうことではない。

 ただ、これで文句を言われなくなるということだからいいことでしかなかった。


「早く帰ってこないかな」

「帰ってくるよ、父さんが帰れることになったらね」

「そうしたらまた楽しくなるね」

「うん」


 そんなわけがないがそういうことにしよう。

 なにかを言ったところで無駄だ、疲れることにしか繋がらない。


「にーはどこで寝るの?」

「客間だね、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 昨日眠れなかったからすぐに眠気がやってきてくれた。

 朝までそれに任せて寝て、起きたらいつも通り家事をする。


「はい――あ、もう帰ってきたんだ」


 早い両親の帰宅だった。

 別に喧嘩しているとか贔屓しているとかそういうことではない。


「誰かが来ているの?」

「うん、光がね」

「そうなのね、お礼を言っておかなければならないわね」


 ただなんとなくというだけで僕が一方的に嫌っているだけだった。


「いつもありがとう、大変だったでしょう?」

「そうでもないよ、あ、一葉が好き嫌いするからそこは大変だったかな」

「ふふ、あの子は昔から変わらないわね」


 普通に会話もできていていいはずなのになんでだろうか?

 ひとつ言えるのは僕が歪んでいるということだ。


「暁」

「どうしたの?」


 今度は父からか。

 どうしてもなんか嫌なんだよなと。

 父がとか母がとかじゃない、話すことが嫌いなのかもしれない。


「今度、休みになったら出かけよう」

「って、それだけ? なんかびっくりしちゃったよ」

「ふっ、全く驚いている感じが伝わってこなかったがな」


 というわけで無事に終わった。

 そりゃそうだ、こちらが折れておけば大抵なんとかなる。

 表に出したことは一度もないからこれからもそれを続けるだけだと内で呟く。

 七時に近づいた頃、一葉が自分で起きて下りてきた。

 リビングでゆっくりしていたふたりを抱きしめて本当に嬉しそうにしていたものの、こちらは光を起こすために二階へ戻った。


「光、起きて」

「ん……あと五分……」

「起きて、もう七時だよ」


 こうしていると弟もできたみたいだった。

 あのハイテンションさを維持するためにも休んでほしいところではあるが、今日も学校なのだからいつまでも寝させておくわけにもいかない。


「暁も一緒に寝ようよ……」

「寝ないよ、早く起きて」


 冬というわけでもないから布団を取ってしまうことにする。

 彼はそのまま飛び起きるように起きて「寒い!」こちらに抱きついてきた。


「おはよう」

「……意地悪なんだから」

「もう七時だからね」


 ベッドに下ろして少しだけ掃除をしておく。

 今日から僕が掃除する場所はここだけでよくなったのだ。

 あとは引きこもってご飯とかの時間になったら出るだけでいい。


「あ、帰ってきたんだ」

「光」

「ん? ああ、分かってるよ」


 もし究極的に無理になったらこれまでのお小遣いを全て持って彼の家に逃げるつもりでいる。

 まあ、雰囲気が悪いわけではないから単純に自分が出たくなったらだが。

 六万円ぐらいあるから一ヶ月ぐらいは住ませてもらえるのではないだろうか?


「でもさ、別に仲悪くないよね?」

「そうだね」

「それなのに逃げたくなるの?」

「うん」


 こればかりは僕が悪いからしょうがない。


「光だけが味方なんだよ」

「んー、僕は特になにもしてあげられないけど……」

「いてくれるだけでいい」

「それぐらいなら……」


 話もまとまったから一階に行ってもらい、こちらは制服に着替えた。

 なにも問題もないのに雰囲気を悪くしてしまうかもしれないから今日から居残るんだ。

 一葉は彼のことを気に入っているから多分ひとりで残ることになると思う。

 それでいい、できる限り迷惑をかけたくなんかないからね。

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