第184話


『お嬢様』


 部屋の外から燕翔寺を呼ぶ声が。


「どうぞ」

「……失礼します」


 スーッと静かに扉が開かれる。


「デザートの方ができあがりました」

「分かりました。報告ありがとうございます」

「いえ。失礼いたします」


 そうして静かに召使いの女性は去っていく。


「では皆様、食堂へ戻りましょう」

「だな」


 散策を続行しようとする道尾と座布団に沈むメラノさんを安良川と烏川がそれぞれ捕獲し、連れて行く。


「(デザートか……)」


 屋敷のように和風なのか、それとも……何にしろ楽しみだ。


「ん、来たな。出してくれ」

「はっ」


 翼さんの合図で召使いの方々がそれぞれの席にそのデザートを置く。


「(これは……)」


 深い緑色のアイスクリームに、盛り付けられた生クリームや菓子類。


 抹茶パフェだ。


「我が家でもたまにしか出さないものでね。味わって食べてくれると嬉しい」






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






 ふらふらしながら食堂を後にする。決してパフェが不味かったわけではない。


 逆だ。美味すぎるのだ。


「豪華過ぎないか、燕翔寺家……」

「それな。としか言えねぇよ……」


 こんなのを食って、普通の食事に戻れるのだろうか。


「お姉様、如何でしたか?」

「美味しかったわ。ありがと、智恵」

「お姉様……!」

「引っ付かなくて良い」


 抱き着こうとする燕翔寺を烏川が拒絶する。


「うっぷ」

「……?メラノさん大丈夫?」

「うん、大丈夫……ちょっと胃もたれしただけ……」


 メラノさん達ヴァンプ族は僕たちみたいな一般人より消化器官があまり発達してない。そこため、この豪華な食事は結構キツいだろう。


「明日はメラノさんだけ別のメニューに変えておくよう言っておきますね」

「ありがと、智恵ちゃん。うっぷ」


 道尾に支えられてヨロヨロと自分の部屋へ歩くメラノさん。そもそも活動時間ではない昼間に起きてる時点でかなり体力を消耗していたらしい。


「ごめんね、今日は部屋でゆっくりしとく」


 ちなみに燕翔寺と烏川はと言うと、何の苦もなく自分たちの分を完食していた。


「……何、桐堂。こっち見て」

「いや、てっきり少食だと思ってたから……」


 何度か一緒に食事をしたことはあるが、烏川自身は食べなかったり、食べるとしても昨日のラーメンのように並盛りだったり。


「食べる必要が無いだけで、胃の容量が全くないわけじゃ無いわ」


との事だ。


「じゃ、私こっちだから」

「お休みなさいませ、桐堂様、安良川様」

「おう!」

「ああ、おやすみ」


 廊下で別れ、そしてまたそれぞれの部屋に入る。今日は遊び疲れた。が、明日も休みだ。それに、この寝心地の良さそうな寝床。いくらでも寝られるだろう。


 ピコン


「ん?」


 なにやら着信音が。確認すると、送り主は烏川からだった。高鳴る鼓動を抑えながらメッセージ内容を確認する。


『明日5:30起きね』

「嘘だろ……」


 僕の小さな希望は儚く散った。一瞬にして現れた早起きをせねばならないと言う絶望に僕は沈むように寝そべる。


『ちゃんとご褒美はあるから』

「………よし」


 ただ、幸運の女神はまだ僕を見捨ててはいないようだ。

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