第169話


 次は先程入った店とはまた違った被服店に。目的は勿論、海で遊ぶための水着などの備品だ。


「今度こそ俺に任せろ!」

「あ、ああ。任せる」


 再び僕の服選びに燃える安良川。水着は安良川に任せて僕はゴーグルなどその他の備品を見ていよう。


「…………」


 もし今日、烏川がついてきてくれてなかったら。もし、あの場に烏川がいなかったら僕は一体どうなっていたのか。


 刻城テレサ。一度は僕を誑かし、殺そうとした女。その女が、ここに居た。


 冷や汗が止まらない。


「(僕は、僕は)」

「いつまで気にしてるの」


 ふと声をかけられ、振り返るとそこには見知った少女、烏川が。やっぱり僕の異変を感じとってついてきていた。


「今回は別に失敗してないでしょう?何に怯えているの?」

「そう、だが」


 烏川の言うとおり、いつまでも気にしたって仕方がない。でも、相手はあのテレサだ。


「はぁ、ダメねこれは。ホント、仕方ないわね」


 やれやれと肩をすくめると、僕の目の前に屈む。


「ねぇ、桐堂。私も自分の水着選ぶのだけど、どうせ暇でしょ?一緒に選んでくれる?」


 気分転換のついでに、ね。と相変わらず感情という物を感じ取りにくい表情で、それでもどこか楽しそうに微笑するのだった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「ねぇ桐堂、どっちが似合うと思う?」

「ま、待ってくれ……」


 どうしてこうなった?どうしてこうなった?


 顔が熱い。なぜこうなった。


「ど、どっ」

「どっちも似合うはダメよ。さ、選んで」


 なんとか直視しない様に視線を向け、ただ直感でどちらが良いか選ぶ。


「ふーん、桐堂はこっちよりホルダーネックの方がお好みなのね。それも黒」


 僕が選んだその黒い水着をもって試着室に向かう。


「そこで待ってて」


 試着室の前まで連れてこられ、待機を命じられる。



 数分後、内側からカーテンが開らかれる。


「どうかしら?」

「似合っ、て、る………」

「ふふっ。それは良かった」


 再び閉じられるカーテン。


「(これは何の拷問だ……!?)」


 ただ、あの水着姿をもう見たくないというわけではなく、むしろ逆で。


 自分でもよくわからない感情が僕の頭を埋め尽くしていた。





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