‪√‬ mellOw




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日暈が、蒼を射る。



春風は不純物の経路だ。


拾われることのなかった言葉、通知の届かなかったメッセージ、降りそこねた雨、届かなかった想い、溶けた夢の一欠片。







スゥ、と鼻から息を吸い込むと桜の匂いがした。香水やシャンプーが作り出す人工的なチェリーブロッサムの香りが好き。


だけど、本物の桜はそんなんじゃない。もっと土の匂いがする。葉の青さと、雨が乾き切らない中途半端な匂い。






「居んだろ!おいッ!」






シャーペンの頭を一度ノックしたとき、隣の校舎から誰かの怒鳴り声がした。吸い寄せられるようにして野次馬が窓に群がるのを座席から見ていたら、雑念が脳内を占める。慌てて振り払うと、単語がひとつ滑り落ちた。






「はァ」







私がひとつ溜息をこぼす間にも、ガラの悪い怒鳴り声は辺りを賑わせていた。雑音という雑音をシャットダウンするようにイヤホンをして、シャーペンを握り直す。


あたしには時間が無い。解いて、解いて、解いて、解いて、解いて…そして捲る。次も同じ構文が羅列する問題集を。溶けたくないから。



芯が折れないと噂の、1本3000円もするシャーペンを買ったのにポキポキ折れる。キャッチコピーも嘘ばっか。これなら280円のやつでも良かった。何度もノックさせては視線をノートへと固定させて、シャーペンを走らせる。





しばらくすると外は落ち着いたようだった。


野次馬が散り、窓には誰ひとり張り付かなくなった。それぞれの定位置へと戻り、いよいよ担任がやってくる気配がする。SHRさえ終わればこの場を立ち去ることが出来る。


瞬きをして、仕切り直した。

あと5分。長く見て、7、8分。





もう一度ノートへと視線を戻した、そのとき、私の左手が拘束され、ぐらりと体が揺れた。意思と反して立ち上がった。何が起きたのか分からない。




先程の野次馬がキャァ!という嬌声を上げて慄いている。野太い野次馬は完全に黙り込んで、こちらをじっと見ていた。周りの反応を見る限り、どうやら先程怒鳴っていたのはこの人らしい。








「てめえが来なきゃ意味ないだろッ!」








意味がわからなかった。




私がなにか言葉を返す前にそう叫んで、目の前の男は走り出した。私は掴まれたままの左手に逆らうことも出来ず連れ去られた。






── いや、誰。





真っ黒に塗ったような艷めく髪、レザーのライダースジャケット、幾つものピアス。「ちょ、」と独りごちても聞こえるはずもなく、スピードを早めるだけだった。


あたかも昔からの知り合いのように、もっといえば恋人だとでも噂されそうなほどの勢いで、あたしを連れ去った。まるで春先に吹く強風のように、突然。







「あの、この後、…塾なんですけど」







人違いじゃないのか、誰なのか、そんなことを聞きたかったのに、私の口先から出てきたのは目の前のスケジュール。いつから私は、こんなに面白みのない、キカイテキな人間だったのだろうか。そんな空虚な思想が蹴散らされるように、この人は言う。








「はァ?知らねえよ」








そう言って、行き場を無くした、あたしの右手のシャーペンを奪った。そしてあろうことか廊下の窓から思い切り投げた。窓から落ちゆくと恐らく重みを増し、たかがシャーペンも凶器になりうる。鋭利なそれが誰かに当たったら、私はなにか罰せられるのだろうか。



見事な弧を描いて投げ飛ばされたそれを凝視する間も与えられず、過ぎ行く空間を急いだ。どこへ向かっているのだろう。掴まれた腕はジンジンと痛む。爪がくい込むほどに、強い力だった。


変わらない景色は揺らいで、新幹線で通り過ぎる時のように全てが線に見える。形を認識できないのが段々と可笑しく思えてきた。




だけど、春風が連れてきた不純物だけは、斜め前で明確な輪郭を描いていた。あたしを繋ぐこの体温が何処へ向かっていてもいい。尖った襟足が美しくて、甘くて、蕩けるような春の匂いがした。






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