第10話 人生オフライン
次から次へと作戦が変わる――しかも臨機応変に対処してならまだしも、全ては行き当たりばったりなのだから、孫子が見たら卒倒しているであろう。
だが、盗賊のアジトから脱出する為には自らのリスクを最小限に抑える必要が勇者にはある。
だって滅茶苦茶弱いからね。
という訳で、脱出目前という場面で湧いて出てきた盗賊四人。
有象無象のモブキャラの癖して勇者より強いのだから、こいつ等と正面衝突は断固拒否せねばなるまい。
盗賊の傍にあるトロッコを奪い脱出出来れば御の字であったが、それも現状を鑑みるに叶わぬ夢。
仕方なく口から出まかせ成り行き任せ、どうなるかは神のみぞ知る勇者問答で、トロッコからの脱出ルートでなく、先にある分岐路――禁断の地へ続く道へ行くよう扇動し、概ねの理解を得られたのが前回の要約である。
「その要約、いるかのう?」
俺の素晴らしい紹介に疑問をぶつける山男だが、彼が言うようにこんな要約は全く以て必要ない。
説明している間に更なる秘策を生むための時間稼ぎに過ぎないのは、異世界での付き合いが一番長い山男だからこそ気付いてしまうのだろうが、同時に勇者として脚色された偶像的強さでなく、実態の弱さを誰よりも目の当たりにしているからこそ、こんな茶番にも寛容な態度で望んでくれている。山男、キミと俺はズッ友だ!
「さて本題に入ろう。この場に居合わす人間だけでなく、きっと成り行きを見守る天上の人々さえも『あれ、結局トロッコを奪う為に盗賊四人をどうするかの回答は出ていなくないか?』と痺れを切らしている頃合いであろう。勿論秘策はある。だが、この秘策を敢行するには皆の覚悟を再度確認しなければいけなかった為に、こんな回りくどい真似をしなければならなかった。探るような発言の数々、すまなかった」
神妙な面持ちで謝る俺に、無言の圧が集中する。
「同時に、不謹慎かもしれないが安心もした。俺の理想と皆の理想が、見事に一致していたのだから。即ち、現状に満足していないという点だ」
「ふん……今だけを生きるのが退屈なだけだ」
飛ばした檄に、もょもとが目ざとく反応するのも慣れたもので、委細構わず先を続けた。
「単刀直入に言おう。頼む、死んでくれ」
「……」
無論、少しでも累が及ぼうものなら押し黙るのがもょもとである。
対照的にハッサムの表情は険しい中にも興奮冷めやらぬ勝気な微笑が浮かんでいた。
「実はな、押し車を回収に行った際に盗賊を見かけた。奴等、余程慌てていたと見えて、こんな物を落としていったんだ」
そう言って、ポケットから取り出したものはアジトの詳細が載った地図であった。
「このアジトはもともと炭鉱の跡地に盗賊が住み着いた場所。今でも石炭がそこかしこにあるが、中でも炭塵の酷い箇所がある。その内の一つが奥の通路を抜けた場所だ。もょもと、この作戦はお前にしか出来ない。誰よりも強く勇敢な――一騎当千の豪傑であるお前にしか、出来ない仕事なんだ」
「……なに?俺にしか出来ない仕事だと」
威勢だけは良かったのだが、俺の死んでくれ発言ですっかり委縮してしまったもょもとを焚きつける作戦は、どうやら功を奏したようである。
「俺の世界にはライターという便利なアイテムがある。これがそうだ。この地図を追って説明していくが、俺たちから見て右手出口を行き、少し先の分かれ道を左にゆけ。円を描きながら、炭塵注意の部屋へと出る。もょもとはその部屋から盗賊達を挑発しろ。盗賊が向かう合間に出来る限りもと来た道を遡り、頃合いを見てライターを部屋へ放り込め。それで哀れ盗賊は木っ端微塵のミジンコちゃんという寸法よ」
完璧な作戦である。もしかしたら――恐らく――多分――高確率で――もょもとも巻き込まれて死ぬが、一向に構わん。
だが言葉とは裏腹に逃げ腰が抜けないもょもとは、最後の最後で二の足踏んでやるとは言わない。くそう、面倒な奴め。
山男は異世界唯一の良識、捨て駒には使えぬ貴重な人材。
ハッサムも、何百という重さの財宝を軽々放り投げる剛の者。今後の護衛としても手元に置いておきたい人物である。
となれば消去法でお前しかいないのだ、消えても何ら構わない消耗品メンバーは。
長引かせるだけ折角の作戦が白紙に戻されかねないから、嫌でもいいから頷いてくれ!という俺の心を他所に、意外な人物が名乗りを挙げた。
「いいや、もょもとは貴重な戦力。ここで何かあって失う訳にはいかん――俺が行こう。山男、俺にもしもの事があれば――その時は、解っているな」
そう言って、ハッサムは俺からライターを取り上げると、返事も待たずに作戦遂行の為通路へと行ってしまった。
いやいや、違うぞ!こいつは全く貴重な戦力ではない。
掃いて捨てる程いる烏合の衆の一人だ、カムバック、ハッサム!
「……っち。俺の死に場所を奪いやがって。生きて帰りやがったら、ただじゃおかねえからな」
終いには、ハッサムが完全に姿を消してからイキがるもょもとの平常運転に軽い苛立ちを覚えつつ、行ってしまったものは仕方ないと諦める俺も、随分と異世界の不条理に対して順応してきたように思う。
息を潜めハッサムの成功を祈ること5分。遂に運命の時は来た。
「トラトラトラ、我奇襲に成功せり!」
言うが早いか、ハッサムは手にしていた大剣で盗賊の一人を袈裟懸けに切りつけると、返す刀でもう一人の喉元を刺し貫いた。
突然の奇襲に浮足立った盗賊も、二人目がやられたところで却って逆上し、怒りに任せた咆哮を挙げながら、ハッサムへと襲い掛かる。
二人やられたとはいえ、依然として数の不利は変わらない。それどころか悲鳴を聞きつけた盗賊二人が加勢に来た事で、奇襲虚しく振り出しに戻ってしまった。
だが、ハッサムの狙いは無論この後。奇襲の成功、加勢による敵の士気高揚。
ハッサムが作戦通り撤退するのも、何ら不自然はなかった。
逃げるハッサムを追うようにして奥の部屋へ駆け込む盗賊。
燃え尽きる命の最後の輝きか、数秒の後、一瞬の閃光が俺たちの潜む部屋まで照らした後に、爆音を轟かせ洞窟内の大気を揺らしたのだった。
「……」
息を吞むような光景を前に、三者三様に立ち尽くす。あの爆発では、ハッサムの生存は絶望的だ。
事情は知らないが何やら託されていた山男の表情は、普段の温和さが消え去り、友の死を嘆くと共に、その死を踏み越えて何かを成そうという強い気持ちがありありと現れていた。
「ハッサムよ、なぜお主は毎度損な役回りばかり引き受けるかのう。それもこれも、ワシが不甲斐ないせいもあろうか――いいや、友の死を前に女の感傷染みた追悼の言葉はよそう。最後の約束、必ずや成し遂げるから、あの世でもうしばらく、ワシらの成功を祈っていてくれ」
握りしめる両の手は、朱の赤みさえ失せている。
「……大儀であった。命を賭して守り抜いた我らが命、必ずや覇業成就の為に燃やし尽くそうぞ」
……もょもと君。いや、別にいいけどさ、何なの、その時代劇みたいな口調は。
今はそういう空気じゃないでしょ?お前がそういうふざけた発言すると後塵を拝する俺としても喋り辛いんだわ。
「厳しいようだが、この爆発音では騒ぎを聞きつけた盗賊達がじきに集まってくるだろう。ハッサムの犠牲を無駄にしない為にも、今は先を急ごう」
という訳で、勇者としても何か気の利いたセリフを残しておきたがったが、そのチャンスを早々もょもとに潰されてしまったので、不服ではあるが無難な形で味方の行動を促すに留めた。
「ハッサムよ、貴様と俺とは同期の桜。同じ奴隷牢の庭に咲く、咲いた花なら散るのは覚悟と言うが、儚いものだな……」
いやもういいから!感慨に耽るもょもとの背中を押しながら、俺たちはトロッコへ急ぐ。
ハッサムが押していた超重量の押し車は、貧相貧弱な俺ともょもとでは当然押せないから、山男に押して貰った。
押すぐらいなら訳なくとも、積まれた袋の数々をトロッコに移すとなるとまた別で、三人がかりでやっとこさどうにかなる重さだった。
「これでよし、それじゃ早速出発するべや」
積み荷が終わると、俺ともょもとは早速トロッコへ。何せトロッコなんて映画でしか見た事ないから、気分的には遊園地のアトラクションである。
もょもとも心なしか浮かれているが、その気持ちは解らないでもないから、今はただ、出発の瞬間を待ち侘びた。
山男も周囲を警戒した後、こちらを一瞥すると頷くように合図を送り、待ち侘びたトロッコ脱出劇の幕が切って落とされた。
人生初のトロッコ体験、楽しいのは最初ばかりで、思いのほか揺れるから気持ち悪いわ、積み荷が場所を圧迫して重たいわ、予想以上の速さに顔面蒼白になっているもょもとは今にも吐きそうだわで、最悪であったとだけ話しておこう。
冒険譚などでよくよく見られる悪役とのトロッコレースなるものも、幸いかな無かったので、尚の事トロッコにおける思い出というものはただただ不快感だけであり、特に面白おかしい記述もないまま、盗賊達の地図に記された通行止めの先へと行き着いた。
思い返せば、地図上は通行止めであったにも関わらず、それといった表札は見当たらなかった。
ただ、通路を行くと鉱山からだんだんと整備された舗道へと変わっていき、最終地点ではどこかの地下室へと通じる扉に直面している。
「ふうむ、この扉の先に何があるのか解らんが、金目の物がないと判断出来たら早急に引き返し、かねての退路からトロッコに乗って逃げるが吉と見るが、二人の意見はどうじゃろう」
どこか陰湿な気が漂う地下の扉を前に、山男は注意深く監視の目を向けながら呟いた。
「賛成だな。この雰囲気、怪しいなんてもんじゃない。もとより危険は承知だが、見るからに蛇が出る藪を突き回す必要もないだろう」
俺と山男、二人の意見が合致したところで、目前にある木製の古びた扉を慎重に押し開けた。
「これは……酷いな」
扉の先の光景を、俺は終生忘れないだろう。
そこは牢獄であった。俺たちも盗賊のアジトで獄中暮らしだったが、奴隷とはいえ商品なので最低限の生活は保障されていた。
だが、ここの牢獄はあらゆる責め苦だけを追求した、拷問の牢である。
幽閉された囚人たちは多くが死に絶え、意識のある者は発狂し、笑い、眠る。
一人の囚人が俺たちの存在に気付き話しかけても来たが、人語を解さない。
長い獄中暮らしで異常を来し、忘れてしまったのだろうか?
解らないが、彼の衣服は擦り切れ黒ずみ、却って病気にでもなりそうな程不衛生であった。
「長居したい場所ではないが――まだまだ解らない事が多すぎる。もう少しだけ、深くを探ってみるか?」
鼻孔が拒絶する刺激臭、あたりから漂う糞尿の香り。しかめっ面に鼻を抑えながら、山男は通路の先を指さして言った。
「そうだな――ここは勇者たる俺が、先陣の栄誉に預からせて貰うとするか」
伸るか反るか、えぇいままよの精神で、もょもとの表情を注視しながら、発破をかけてみた。
無論、こんな汚い場所の先鋒なんて御免だから、もょもとを担いで先に行かそうという腹である。
「ふん……待て待て、誰が決めたんだ、そんな事は。未知だけが囲む不可思議の牢、先陣の大役を務める事が出来るのは、俺を置いて他にいないんじゃないか?」
「よし、ここはもょもとに任せる!」
取ったぞ、その言質。言ってしまえば引っ込みつかない男だから、いかに誘導するかがもょもとを御する上で重要であったかは、これまでに高い授業料を払ってきただけに俺が一番解っている。
もょもとも言ってすぐに後悔の念が顔を過(よぎ)っていたが、後悔先に立たずであろう。
「くれぐれも――後れを取るんじゃねーぞ」
先陣を行くもょもとは振り返る事もなく、細心の注意を払いながら先導役を務めてくれた。
生来の小心者だから、石橋を叩いて渡る性格が幸いし、案外こういう局面では役に立つようである。
これで憎まれ口の一つもこぼさず静かに先を行ってくれれば文句なしだが、まぁそこまで多くは求めまい。
そして、この地下牢、歩いていると面白い構造になっている事に気付く。
最初は広くて解り辛かったが、どうやら螺旋構造になっているのである。
緩やかな傾斜で徐々に上方へ向かいながら、代わり映えしない景色は続くのだが、唯一の変化は、上に行くほど地下の陰惨な光景よりはマシ、というぐらいの、所謂普通の牢獄に変わってきているのである。
歩いて五分もすれば、生存者の割合が多くなり、普通の会話、反応を示す者も少なくない。
ただ、地下から上がって来た俺たちを盗賊の一味、もしくは奴隷商か何かと勘違いしているようで、助けを求める者は皆無だった。
しかしまぁ――金目の物とか、もしくは酒池肉林の美女集団とか、世界を揺るがしかねない秘密だとかを期待してわざわざ来たのに、いるのは右を見ればオヤジ、オヤジ、死にかけのオヤジ。
左を見ればオヤジ、オヤジ、呆けて陽気になった爺。
勿論こいつ等はスルーだが、こんな広い牢にオヤジばかりで幼女の一人もいないとは、こいつらの趣味を疑うしかない。
普通――そう、普通だぞ?地下の牢獄、並み居る囚人なのか奴隷なのか――現状では解らないが、とにかく囚われているシチュエーション。
こんなの、普通の異世界だったら絶世の美女がいて然るべきだろ?
世界の秘密を知ってしまった魔女とか、亡国のエルフだとか、弱小国の従順な姫君だとか、エチエチ銀髪碧眼の幼女体型ツインテ淫紋サキュバス(願望)とか、いて然るべきだろ!?
それが異世界の常識で旨味だろ!?
ほんと、嫌になるぜ。
見渡す限りオッサン。オッサンなんぞ、山男一人で充分間に合っておるのに、これ以上増殖しないで欲しいわ。
オッサン人口が多過ぎる異世界とか早々にログアウトしたいところだが、不幸の女神――いいや、不幸の男神は俺の袖を引いて離れようとしない。
「かなり昇って来たが――どうやら、この螺旋牢も終点のようだな」
もはや無表情で歩み続ける俺を振り返り、もょもとが通路奥を見るよう促した。
先には鉄製の見るからに頑丈な、両開きの扉があった。
扉前で引き返すべきか、進べきか、今後の進退を思案していると、右牢に繋がれたオヤジが俺を呼んだ。
「お前ら、見たところ盗賊じゃねえな?だとすれば、どうやって地下から上がって来たんだ?あそこはアジト以外の道は通じていない筈だが」
「俺たちはそのアジトから来たんだ」
「へぇ、とすると、盗賊公認の奴隷商か何かだか?」
「そんなもんじゃない。俺たちはその奴隷だった身分だ。話せば長くなるから省くが、まぁ脱獄囚だな」
俺の告白にオヤジは心底驚いたようであった。
「へぇ、そいつは痛快な話だな!とすると、お前らは逃げる為にこの道を来たのか」
「半分当たりだが半分外れだ。本当は別の通路から既に逃げおおせている手筈だったんだが、少しばかり事情が変わってな。折角の脱獄、二か月あまりとは言え奴隷生活の煮え湯を飲まされたのだ。奴等の全てを奪い去っても、しっぺ返しの代償としてはまだまだ足りない。とすれば、盗賊がどうあっても隠しておきたい通路の先に、何か重大な秘密――無論、莫大な金銀財宝も期待はしていたが――ともかく、何かがあると睨んで来た訳だ。だから、俺たちの眼鏡違いであればこんなリスクは負いたくないから早々引き返したいんだが――オヤジさん、あんたは中々情報通のようじゃないか。ここはいったい何なのか、また、俺らが望む者は此処にありそうか、手短に話してはくれんか」
「あぁ、いいぞ。先ず此処がどこかだがグレイドック城だ」
「グレイドック城というと、世界に五つある王都の内の一つだな」
「そのグレイドックだ。この国は昔から奴隷や剣闘士といった文化が根ざす国だから、気質は荒い。お前さんがた、俺たちを囚人と思っているだろうが、まぁ正解っちゃ正解なんだが、囚人と同時に剣闘士でもあり、また奴隷として売りにも出される。この螺旋房――そう、この牢獄を俺たち囚人は螺旋房って呼んでいるんだが、ここには傷付き倒れた剣闘士が収容されるんだ。無論、いくらも値が付かない奴等なんぞは、道中でお前さんらも見ただろうが、地下深くに幽閉されて、そのまま御終い。噂に聞くと臓器売買だとか、頭のイッちまった好事家の慰み者にされるとか、新薬の治験に使われたりとかするらしいが、まぁ地獄だわな。上層にいる比較的元気な、俺みたいな奴は、適当な頃合いを見て、また剣闘士として何かと殺し合いをさせられる」
「そいつは不遇だな……そんな事より、要点だけ教えてくれない?」
オヤジが囚人でも剣闘士でも奴隷でもなんでもいいが、今は急ぐ身なので呑気にオヤジの道楽に耳を傾けている場合ではない。
急かす俺に、オヤジは驚いた顔をしていたが、破顔一笑してこう評した。
「その自己中さは逆に凄いな!はてさて、お前さんの運勢はまるで乱世の梟雄だが、果たしてグレイドックを統治する暗愚大帝とどっちが上か、見物だのう」
暗愚大帝――この言葉に不穏な響きを感じた時には、既に俺の運命は決定付けられていたのかもしれない。
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