躁鬱勇者の異世界転生

@kinnikusizyosyugi29

第1話 異世界転生全てが喜ばしい結末になるとは限らない

 何をやってもダメな奴っているだろ?運動もダメ、勉強もダメ、挙句の果てには人間関係もダメ。ダメダメ尽くしで、笑いさえ込み上げてくるような、そんな奴。

 それが俺だ。

 いや、本当は笑っている場合じゃないんだけどね。両親は早くに他界、頼る親戚もこの前死んだ。俺を養う人間もいなければ、気遣ってくれる人も当然のように皆無ときている。

天涯孤独の独り者さ、とでも呟けば映画の1シーンに浸れるが、前述のように夢想に耽っている場合ではない。何せ収入がないのだ。当然のように無職で外界から隔絶された生活を送る俺に貯蓄などある訳もなく、漫画やゲームの主人公よろしく両親が莫大な遺産を残した訳でもない。負の遺産として事業に失敗した借金ならあるが、これは勘定の他であろう、今はそんなものに目を向けている場合ではない。

求人募集を探してみても、30歳にして職歴無しの俺に何が出来る?

工場勤務?肉体労働なんて無理。

清掃業?潔癖症だから無理。

営業職?コミュ障だから無理。

接客業?論外。

手に職つかない俺だから、無論専門職などかすりもしない。俺の才能を活かせる職業、例えば小説家とか考えたが、有象無象の自称小説家が跋扈する小説戦国時代、投稿者が多すぎてやる気も萎える。そもそも、書き出し500文字超えたあたりから飽きてきたぞ。やはり、俺には向いていない。

絵なんか誰でも描けるだろうから、絵師でもやるかと思い立ち試しに一筆、虎を描いて猫にもならずといったところだ。時代が時代なら浮世絵にでもなる風情ある味わいだが、いかんせん現代の流行りからは程遠い、ボツ。

はぁ、疲れてきたぞ。政治家はいいよな、国会で適当な答弁して、与野党そろって政治プロレスしながら国民の失笑を買っていれば金が入るんだから。俺も野党に立候補しようかな、なーんちゃって、無理だけど。

そんな軽快なジョークを飛ばせる余裕を見せたところで、残念ながら披露する相手もいない。自分ひとりを欺く為の虚しい、正真正銘の一人芝居だ。あーあ、時間を無駄にした。まぁ、生まれてこのかた全部無駄だったけどね!

ほんと笑え過ぎて涙が出てくるぜ……。

ガス抜きに酒でも飲むかと思い、近くの業務用スーパーへ。ここの店員が小さくてなかなか可愛いのだが、裏で俺を【和製モアイ】とあだ名しているのを知っている。こいつ、いつか喰ったろうかね。もちろん性的な意味で。

お目当てのストロング缶も手に入り、つまみは昨日残しておいたカツの衣に、醤油、砂糖、味醂を加え溶き卵でとじれば十分であろう。無職の俺には贅沢過ぎるぐらいだ。

季節外れの寒気に、早いところ家で暖を取りたいものよと帰る足を速めていると、家の前によく見る老齢の白髪婆が一人。

大家だ。

電気・ガス・水道も止まり家賃も滞納、流石にまずいから就職しようと孤軍奮闘する俺に、労うどころか金の催促とは。地獄の餓鬼より業突く張りな奴である。そんな骨皮だけになって、まだ前途ある若者の生き血を啜りたいのかね。どうせ後は死ぬだけなんだから、生い先短い余生に少しは善行として俺の滞納をチャラにしたらどうなのか。俺が逆の立場だったら絶対そうしているけどな。

「新谷さん、いるんでしょ!家賃、払ってくださいな」

 チーク材で出来たボロボロのドアを叩きながら、俺を呼ぶ。バカめ、普段は居留守だが今日は外出しているんだぜ。誰も居ない部屋に向かって、精根尽きるまで一人会話でもしているがよい。俺をその滑稽な姿を思い浮かべながら、近くの川辺で酒でも飲むとしよう、実に愉快だ。

 さて、参った。今日は酒を飲めているが、金が底をついて飲めなくなるのもそう遠くはない。ていうか、1日500円使えるとして残り活動可能日数は8日間だぞ。いや、2日に1回なら16日は生き残れるな!

 ……解っているよ、8が16になったところで絶望的なのは。

 でも、仕方がないじゃないか。俺にあう仕事がないんだから。これって、俺が悪いのか?多様性の時代なんだろ?グローバリズムなんだろ?誰か俺を助けろよ。女性蔑視とか黒人とか菜食主義とか捕鯨反対とかどうでもいいよ。まず俺を助けろよ!同じ国内に住む仲間だろ、日本人だろ。なんでもかんでも自己責任とか言ってんじゃねえよ、ネットでこういう舐めた口きくやつ、絶対中学生だろ⁉昨日の掲示板で俺のジョークにマウントとってきた奴、もし年下だったらぶっ飛ばすからな。仮に年上でも、今度はいい年してネットでイキってんじゃねえよって言い返すけどもね。やっぱ30歳って無敵だわ。

 そんな無敵の俺が就職難。やっぱり、時代が悪いんじゃないかな、俺はそう思うけどね。

 さて、そろそろ婆も悪霊退散した頃合いじゃろう、折を見て帰るか。

「いい加減に出てきなさいな!新谷さん、今日はここを動きませんよ」

 しつこいなぁ、こいつ。俺は居ないってさっきから言ってるじゃん。そのドア友達なんか?いいよ、持って帰れよドア。そして新しいドアつけてくれよ。

 寒いから早く帰りたいんだけどなぁ。仕方ない、酒でも飲みながらもうひと回り、散歩でもしてきますか。

 買っていた酒も飲み終わり、コンビニで追加した日本酒片手にぶらり散策。この世は俺以外も不景気なのか、10年ぐらい前よりも確実に閑散として、活気そのものが失われている。そりゃあデフレが悪いよ、デフレが。デフレが何か、よく解らないけれども、デフレと政治家が悪いんだろ、それだけ抑えときゃ十分だろ。

 世の中がこんな不景気だから、あの婆も未来を担う若者に金をせびらなあかんのか、そう考えると老醜さらして晩節を汚す婆にも憐憫の情さえ沸いてきたぞ。

 なんて寛容なんだ、俺はと自賛したところで再び帰路に。

「ねーえ、本当にしょうがないんだから、昔から金食い虫のろくでなしだったが、親戚が亡くなってからより一層、バカに拍車がかかってね」

「やーねえ、あの人。何か事件でも起こしそうで、最近は怖いわよ。あんたも、あんまりガンガン催促しているとどんな逆恨み受けるか分かったもんじゃないよ!」

 ……玄関前で婆が増殖している。挙句の果てには事実無根の風評被害を玄関先でまき散らしていやがる。あぁん⁉あの婆ども、顔は覚えたからな⁉なんなら、本当に明日の朝刊賑わしてやろうか⁉

 不愉快だ。実に不愉快だ。数行前までの婆に対する憐憫など夢幻の如く消えたわ。くそう、実に腹立たしい。

 こうなったら自棄酒よ、さっきの酒で既に500円使っているが、もはや残りの活動限界が8日だろうが3日だろうがヤバイ事には変わりない。だったらよう、太く短くが信条の大和男として盛大にやってやるぜ、一人宴会をな。

 豪遊、圧倒的豪遊!(これを言いたかっただけ)

 日本酒で内から火照る義侠の炎、沈めうるはキンキンに冷えたレモンサワーという名の男水。

 心に秘めた宝玉を、酒の一滴が悠久に佇む石を研磨するが如く洗い清め、乳黄色に輝く焼き鳥の脂が、磨かれた玉をコーティングしより一層の輝きを増す。もはや自分でも何を言っているのか解らなくなっているが、とにかく酒の力でテンションも爆上げしてきたって事だ。ほら、俺って酒飲むと前向きになるタイプだし。

 まだまだいくぜ、ハイボールにイカリ豆。この組み合わせは鉄板だ。酒の味を知らぬガキにはちと高等テクニックだが、ハイボールにはこの炒った豆がよく合う。ほんとは炒っているのかどうか、製造過程なんて知らないが、要はそこじゃない。水分を飛ばした豆は口を乾かし、砂漠に垂らした水のようにハイボールをぐいぐい飲ませてくれるという寸法よ。

 そして、このタイミングで発泡酒の500缶。俺が好きなやつは、ビールよりもホッピーのような味をしているが、元来ホッピー好きだが瓶を捨てるのが面倒くさい俺には珠玉の一品といえる。その味、価格。ともに申し分なし!企業努力のすばらしさに思わずノーベル酒美味いで賞を上げたいが、何やら酒税法改正でこの努力にケチつけそうな輩がいると小耳に挟んだ事がある。許せん、実に許せん。細かい話は知らんが、取り合えず許せん、ほら、俺って義憤に燃える男だからね。

 無職であっても社会情勢を俯瞰し一考する、このスタンスが俺であり、今の国民に足りないものだよな!

 さーて、今日も世を憂うことで男を上げたしそろそろ帰って寝ようかね。

「……ZZZZZZ」

 おいおいおい、あの婆寝てるよ。ご丁寧に簡易椅子まで持ってきて寝てるよ。その地面に落ちている新聞紙なんだよ、どうせクロスワードと間違い探ししかやってないだろ。今も載っているのか知らんが。

しかしまた絶妙に邪魔な位置に寝ている。もう少し入り口と距離があれば起こさずに中へ避難出来そうだが、酔っている手前危ない橋を渡るべきではない。いよいよとなれば強行突破で逃げ込むことも可能だが、生来の平和主義者だから、余計な諍いは好まぬ。

しかししつこい婆である。そんな忍耐と暇があるならアルバイトでもしてこいと助言してやりたくなる。だが、就職難で困っている俺を差し置いて、こんなしつこい以外に何の取り柄も持たない婆が採用になんてなったら気分も悪い、やはり老人閑居として不善を成さないでくれるのが一番であろう。

仕方ないから、ここは穏便に近くの公園でも行って仮眠をとるとしよう。婆、俺の寛容さに感謝しろ。

学校に隣接してある公園は小学生や幼稚園児の若い母親も多い。まぁ俺は自他ともに認めるロリコンだから、この情報には一切関心がない。

せいぜい、白昼堂々公園のベンチで寝る俺に対して奇異の視線を向けることで、マゾヒズムを心地よくくすぐる程度にしかならぬ存在よ。

さて、酒も手伝いかなり眠いが、子供の声が実に五月蠅い。それ以上に婆が憎くて中々寝付けぬ。

しかし、本当に鬱陶しい婆だな。頼むから異世界にでも転生してくれんかな。

この思いが契機になったのか知る由もないが、異世界転生は実現したのだ。

婆でなく、俺が。

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