異世界魔導士生活

越水ナナキ

第1話 光の階段

 俺はどうしたのだろうか……。この頃、自分の人生にウンザリしている。

俺は、如月危(きさらぎ あやめ)27歳 社畜である。進学高を出て、国立大に入り大手の企業に入社するまでは本当に順風満帆だった。大学では彼女が途切れることは無く、勉強もそこそこに色々な体験が出来て、就職も大手企業というネームバリューのみに惹かれて応募し選考も難なく突破できた。自分は人生において「勝ち組」だと感じている節もあった。しかし、その後はまるで違った。会社に入社してからは、いつも激務であり、ただ上司の言いなりの様にてんやわんやし同期社員もかなり減っていった。給料は良いとは思う、だがしかし激務のために休日というものは与えられず、会社に泊まることやアパートに寝るだけのために帰るというのもブラック企業の日常茶飯であった。最初はそれでも合コンなどではSEということと会社の名前からウケが良かったが、自殺者がこの会社で出てしまってからは一変して掌返しである。俺は、どこか他に転職と考えているがなかなか動けずにダラダラと今のこの現状に打ちのめされている。

 ただいまの時間は午前3時10分、明日いや今日も俺は6時に出社しなくてはならない。


「睡眠時間はいいとこ2時間かぁ……。」


 とアパートの寝室にて意識は遠のいた。




「もし、あなたが自分の人生を変えたいと思うのなら深夜0:00に皐月神社の石段へ来てください。新しい世界へとお送りします。」



ブーブーブー……。

朝5時にセットしておいたスマホの目覚まし機能に起こされた。


「え、なんださっきの声は?」


非現実的なことであり、自分の欲望からの夢であることは言うまでもないが妙にリアルな指定場所であった。皐月神社というのは、高校の修学旅行でとても印象に残っている場所である。長い石段を上った先に境内があり、自然と調和した姿に魅了されたのが忘れられず、大学に入ってからも長期休みにはちょこちょこ観光がてら足を運んだものである。今では、行く余裕などはない。俺の最寄りの駅から新幹線のある駅まで1時間、そして新幹線に乗って3時間の場所であり休日でこそやっとの距離である。


「んなことより、まずは会社だ。」


頭がまだフラフラとしているが、構わず身なりをスーツへと変えてアパートを後にする。朝食もコンビニのおにぎりで済ませる。少しの休憩タイムと言えるのが、始発電車のシートの上である。こんな時間から満員電車ということは無く、座ることができる。そして、スマホでネットニュース動画に目を通す。


「明日から皐月神社は改修工事が行われるため、今日の正午から立ち入りが禁止されます。改修工事は約3年と見込まれており……。」


いつもは流し見るネットニュース動画に今日は食い入るように見てしまった。とは言うものの、深夜0:00に皐月神社に行くことは不可能に等しい。なぜなら、新人研修以来、日にちを跨ぐ前に帰路についたことなど10回も無いからだ。


「やっぱり、人生はそのままだよな……。」


そんなありもしない夢に少しの落胆をしつつ、電車を降り、会社に無事着いた。まぁ、ここからがまた激務で辛いのである。まずは、メールのチェックである。クレームに対するお詫びや提示資料の作成、会議の議事録作成、今後のアポイントと嫌になるほどのタスクの山。この部署においては、同年代で仕事の出来る人はほぼいない。最近来た派遣社員の人は出来る人だが今日はいない。



「やっと、休憩ができる。」


今日はラッキーなことに日中の仕事があまり舞い込まず、10分ほどの休憩を取ることが可能となった。


「如月君、ちょっと良いかな?」


直属の上司でなく、あまり顔を合わせない部門長からの声。束の間の休憩も取り消しを言い渡されるのであろう。


「今日は、定時で帰るように。誰かは知らないが、SNS上にうちのことを書き込んで監査が来ることなってしまった。君は急遽休日出勤という形で申請を出しているから残業することは許されない。いいね?」


「は、はい。」


 監査に来られたら、それはそれでもう終わりだと思うが、何も言わずに言われた通りにしておこう。休日出勤なんて言葉、この会社にもあるんだな。



 時は流れ、定時となったので会社を後にした。途中、物騒な人やシーンを見たような気もするが知らないふりをしておこう。明日のネットニュースにでもなれば、いい気味である。


「この際だ、行くだけ行ってみよう。」


 俺は会社の最寄り駅で久しぶりの健康的な時間帯の健康的な夕食を取ることに成功した。値段は高めであったが、それに見合っただけの価値というのか味やサービスに巡り逢えた気がした。食事だけは良いものを思っていたのは、いつの話だったかと思いに更けながら、新幹線の通る駅を目指した。会社帰りと学生が入り混じる電車内に普通であれば嫌悪感を抱くのだろうが、ブラック会社の社畜にとっては物珍しい光景に映って仕方のないものだった。何せ、いつも始発か良くて終電という生活を続けているのだから。



「××駅までの新幹線の席を取りたいのですが……?」


「はい、かしこまりました。グリーン席ですとこちら、指定席や自由席ですとこちらの料金となりますが、いかがしましょうか?」


 新幹線の通る駅へと到着し、切符を購入したいのだが何せ久しぶりのことで慌てている自分がいる。


「じゃあ、グリーン席でお願いします。」


 特段あてもなく増えていた金を使うのだ、何も値段は気にしない。いつ財布に入れたのかも忘れてしまったお札を数枚取り出し、切符を購入した。

 発車時刻は20:22、およそ3時間の道のりを考えると皐月神社にはちょうど着けるだろう。


 「ったく、夢を信じるなんてなぁ~。」


 非現実的なことに向かおうとしているのは重々承知している。だが、今日のこれまでを振り返ると妙に辻褄が合っている。そして、この俺の行動に対して今は少し楽しいと思っている。何もなくても十分楽しい一日だったと思えるだろう。

 


 グリーン席には、俺一人が乗車しているようで貸切気分を味わうことができた。

皐月神社にほど近い駅に着いたところで時刻は23:39と良い感じだ。駅を後にして少し歩くと皐月神社の大きい鳥居があり、改修工事のためであろうバリケードが設置されていた。この鳥居を潜って少し参道を歩けば皐月神社の境内へ繋がる石段がある。簡素で無人のバリケードを突破し、スマホのライトとちょっとした外灯を頼りに薄暗い道をトボトボを歩いた。


「23:58、2分前かぁ。」


 石段の前にいるが、何が起きるわけでもない。やはり、自分の疲れが呼んだ夢の世界のお話だろうと石段に背を向けた。すると、背後から白い光がさしていることに気がついた。


「え、そんな……。」


 石段へと振りむくと、言葉を失った。石段が白い光に覆われ輝いており、最上段には扉が見えた。

 俺は誰かに体を押されているのかの様に、石段を駆け上った。最上段の本来であればもう一つ鳥居のある所にそびえる大理石で作られたような扉に手をおいた。扉は簡単に開き、目の前は真っ白になり、咄嗟に目をつぶってしまった。



「えーーーー、うそだろー」


目を開いてみると、俺は天空をスカイダイビングするかのごとく落ちていた。





「昨晩の深夜0時頃、皐月神社の石段と思われる箇所が白く光っているのを見たと警察に相談が入り、本日9時より付近の調査が行われます。また、改修工事のバリケードを避けて敷地内に入る人の姿も付近の防犯カメラに映っており関連があるとみられております。」


「速報です。本日、業界大手の○○社の社長を含め、幹部らが一斉に辞任を表明しました。過労死ラインを大きく越える社員の就業が問題視され、昨日の立ち入り調査によりその証拠が見つかり責任を追及されたものとみられます。また、社員1名の行方が分かっておらず捜索を行うとのことです。」


「以上、朝の報道フロアからお伝えします。」

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