王国では不吉だと言われた「闇」の祝福を持つわたしは、帝国で皇太子妃となり愛されてます

和鳳ハジメ

第1話 捨てられた伯爵令嬢

「ノーゼンハイン伯爵令嬢ナスターシャ、貴様を死の森への追放刑とする」


 唐突な宣告に、ターシャは紅茶を啜ったまま首を首を傾げた。

 目の前の存在、チビデブ若ハゲの三拍子揃った王子はいったい何を言い出すのだろうか。


「……殿下、そんな事より。今回の活躍に対する報酬がまだですわ」


「相変わらず図太いな貴様っ!? オレは貴様を死刑にすると言ったんだぞ!!」


「ええ、聞いておりましたとも。ですが貰うものは貰わないといけませんし。――そもそも理由は? 多少金に五月蠅い所がありますが。わたしは国に、民に、王に、王族であり婚約者たる殿下に尽くしてきたのですが?」


 今だって共和国との最前線、イシキア子爵領から馬で夜も眠らず戻ってきたばかりだ。


「まったく……、火急の用件があるからと呼び戻されてみれば。到着するなり殿下とのお茶会があるから着替えろと。そして追放刑ですか? 誰のお陰で王国の滅亡を回避したとお思いで?」


「はん、そんなもの我が王国軍が強かったからだ」


「お忘れですか殿下、イキシアなんて王都の隣の隣じゃないですか。かなり深く侵攻を許しておいて王国軍が強いと?」


「だが勝った」


「わたしと可愛い部下達が、司令官や部隊長などを根こそぎ暗殺したからじゃないですか」


「確かにそう聞いている、――そこが問題なのだ」


 ジロリと睨むチビデブ、もとい王子にターシャは訳が分からないとティーカップを置き。

 もしゃもしゃと、ケーキを食べ始める。


「だから図太いな貴様!!」


「食べられる時に食べておく、これが生き残る秘訣ですよ王子」


「せめてその気味悪い作り笑いを止めてから言え! いつも言ってるが、貴様は気持ち悪いんだよ! 肌が黒いし、オレにも親父殿にも敬意を払わないし、何が強い祝福持ちだ! 闇の力なんて気持ち悪い!! 利益が無ければ貴様なんぞ産まれた直後に殺されてるぞ! オレとの婚約で生き延びているのを少しは自覚しろ!!」


「だから、いざ婚約破棄されても生きていけるように。お金が欲しいのではありませんか」


「そういう所だ!!」


 ターシャは貴族女性の中でも、美しさに秀でていた。

 ただし、その肌の黒さ。

 祝福の強さから来る肌の変色は、国教からすると忌み嫌われ、偏見と差別の象徴であり。

 それは、王族と言えど変わらない。


(頭が痛くなってくるわ、以前からバカだバカだとは思っていたけれど。まさかここまでバカだとは)


 死の森への追放刑など、正気なのだろうか。

 王族の権威を保っているのも、ターシャが政敵や不穏分子を暗殺して来たからだ。

 国が戦争で負けていないのも、ターシャが敵国の将を闇討ちし続けているからだ。


「とにかく、貴様は死ね」


「罪状は? その根拠は? わたしが居ないと王国は崩壊しますよ?」


「安心しろ、貴様には戦果を過大報告し報酬を不正に受け取っている証拠がある。つまりは反逆罪だな」


「…………偽造しましたか」


「こちらが正義だ、それに――貴様はやり過ぎたのだよ。共和国はこの一戦で大きく消耗した、もう戦争は出来ない。後は取るに足らない小国ばかりだ」


「帝国は? 国内の不穏分子は?」


「だから貴様はやり過ぎたのだ、国内でオレ達に逆らう者などもう居ない。それに帝国は貴様の働きとは別口で手は打ってある、あちらを征服する日も近い」


 愉しそうに語る王子に、ターシャは盛大に溜息を出したくなった。

 己が忌み嫌われているのは理解していた、妾の子であるが故に義母と半分血の繋がった兄からは愛されず。

 父は彼女を娘と見ず、王族に売り飛ばした。


(わたしは、それでも……)


 儚い望みと分かっていても、成果を上げ続ければ父に認められると。

 チビデブハゲの王子は男性として見れなかったが、せめて形ばかりは夫婦として。

 いつかは、認めてくれると。


(全部……全部、夢でしか無かったのね)


 そっと目を伏せる、思わず涙がこぼれそうだ。

 だが、そんな弱みは見せられない。

 いつもの様に笑顔を張り付けて、冷静に対処しなければ。


「そういう事でしたら、報酬は諦めましょう」


「事態が分かっていない様だな、貴様の死は決定事項だ。今回の褒美は勿論、貴様が溜込んだ金も没収だ。まぁ、オレの子供の頃の一ヶ月の小遣いより少ない額だろうが」


「…………交渉の余地は無いと? わたしが気にくわないのであれば、喜んでこの国を出ましょう」


「これは決定事項だ、それに貴様の様に危険な者を他国に行かせる訳が無いだろう」


「危険な者? 戦果を過大報告するような矮小なわたしが?」


「そうだ、貴様の力が強いだなんて最初から疑わしかったのだ」


「これまでかなりの成果を上げていたと思いますが?」


「報告が来ている、これまでの成果も貴様がオレの婚約者という権力を押し通し横取りしていた、と」


 気が遠くなりそうな気分だった、誰にも愛されず、金で売られ、国の為だと殺し、心の支えだった僅かな報酬すら取り上げられて。

 最後には、無実の罪で死刑。


「…………最後に、父を話す事をお許しください殿下」


「無駄だ、そもそもこれらの証拠が貴様の父が持ってきたのだ」


「っ!?」


「ほう? 貴様の焦った顔を初めて見たが、中々良いものだな。いつもそうやって弱々しい姿で居るなら、一夜の情けぐらいはやったものの」


(嗚呼、嗚呼、嗚呼、――――そんなにわたしが厭ましかったのお父様!?)


 ターシャはぎゅっと手を握りしめる、何故こうなってしまったのだ。

 彼女はただ、誰かに愛されたくて、少しでも認められたくて。

 だが、だが、だが、諦めるのはまだ早い。


「…………殿下はわたしを甘く見過ぎですね」


「ほう?」


 即断即決、良くも悪くも思い切りの良い彼女は逃げる事に決めた。

 命までは取らない、だが足の骨一本ぐらいは折ると。

 とはいえ本気だと殺しに来ると、怯えさせる為に。


「そちらがその気なら、わたしも覚悟を決めましょう。――殿下、今この場で死んで貰います」


「ほう! それは怖いな! ガハハハハ! 忌まわしい女がよく吠えるものだ!!」


「そう、なら――――っ!?」


 ターシャは己に宿った力で王子を叩きのめす準備を始めようとした、だがその瞬間。

 ぐらり、視界が傾いて。

 椅子から倒れ、地に伏した彼女に王子は冷たく言い放つ。


「ふむ、やはり貴様は悍ましい。大型の魔獣を眠らせる分量の数倍でもまだ喋れるとは、実験に使った罪人は血反吐を出して死んだというのに……」


「――――っ!? か、……げ?」


「気づいたか。そうだな、貴様には知らせていないがオレの祝福は光。離れた所から姿を自由自在に映し出される、しかも相手から触れられるときた。まぁ貴様が気づいた様に影が無い事が欠点だがな」


 高笑いする王子に、ターシャは悔しい思いをした。


(迂闊でしたわ、王族は皆祝福持ち。――多分、わたしは一度も殿下と……)


 直接会ってすら居ないのだろう、今まで一度も。


(どこまで、わたしを――――!!)


 悔しい、でも動けない、指ひとつ動かせない。

 急激な倦怠感と眠気が襲い、顔を上げて睨みつける事すら出来なかった。 


「ではさらばだ婚約者殿、――貴様が庶民の子供の小遣い程の報酬で喜ぶ姿は、滑稽で愉しかったぞ」


 意識が薄れていく、誰かが入ってターシャを引きずっていく。


「くれぐれも誰にも見つかるなよ、こんな奴でも慕う兵が居る見つかったら面倒だ。……そうだ、帝国からの客人は? いつもの部屋に歓待の準備は出来ているか? ……ならば良し」


(殿下? 何を、言って……――――)


 ぷつんと、糸が切れた様に思考が閉ざされる。

 そして、目が覚めた時には。

 ――地面の湿った感触、濃い緑の匂い。

 ――鬱蒼と茂った木々は、日の光を遮って。

 そう、ターシャは森の中。


「………………本当に捨てられたっていうのっ!?」



 隣国、セレンディア帝国との境界線に跨がる大森林。

 凶悪な魔獣が跋扈する、大陸一の危険地帯。

 一度足を踏み入れたら最後、二度と出てこれない『死の森』

 そこに、ターシャはドレス姿ひとつで置き去りにされていたのであった。


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