Gold can Stay #15 ≪終≫
藤沢からの帰り。最寄り駅の改札を抜け商店街へ向かうと街灯がついた。しかしまだまだ外は明るい。冬の時間に合わせているようだ。
家の玄関を開けると弟がどたどたと二階から降りてきたところだった。
「ひのちゃん帰ってきた!おかえりなさい!」
「ただいまぁ」
行きはあんなに数日間の別れを悲しんでいたというのにけろっと挨拶してくるものだ。
「夕ごはん食べる?」
「食べるよ。お土産あるよ」
「やった~」
兄の帰還を伝えに母が料理をしているらしい台所へ弟は駆け出していく。
二階の自室で荷物を下ろす。土産の菓子や洗濯が必要なものを取り出していると一階へ行ったばかりの弟が階段を上がる足音が耳に入る。
「ひのちゃん、お母さんが豆腐と牛乳買ってきてほしいって」
「俺今帰ってきたばっかなんだけどお」
「お菓子とかアイスも買ってきていいって」
弟は母から預かった財布を持っている。
「仕方ない」
財布を受け取ろうと手を出す。しかし小さな手は大事そうに長財布を抱きしめている。
「ぼくも行く」
玄関を出ると外は帰宅した頃より暗くなっていた。それでも夏は日が長い。ひのでは三郷と見た江ノ島の夕日を思い出してしまった。
「スーパーに行くの?」
「豆腐と牛乳だけならコンビニでいいだろ」
「コンビニに豆腐ある?」
「あるよ。うちで必要なものならなんでもあんだから」
家から一番近い店まで弟の足に合わせてゆっくり歩けば六分ほどで着いた。
お目当ての豆腐は木綿のみ置いてあった。深川家ではお馴染みの絹は品切れだ。
「最初からスーパー行けば良かったな…」
コンビニを出て細い路地へひのでが進もうとすると弟が引き止める。
「そっちじゃないよ。こっち」
人通りの多い大きい歩道を指差し兄のTシャツを掴む。
「にしび君は知らないと思いますがこっちの道からの方が近いんです」
「ほんとう?」
「あんまりここ通ったことないだろ」
「ない」
「一人の時は人がたくさんの方の道を通るんだぞ。今は俺がいるから近道しよう」
「うん」
アパートや一軒家が並ぶ通りに小さなアスレチック公園があることをひのでは忘れていた。案の定、弟がそこの前で歩みを止めてしまった。
「あそびたい」
「えー…また今度にしようぜ…」
「ちょっとだけ!」
そう言いながら一人で公園に走って入ってしまった弟を追いかける。
遊ぶには暗い時間なのでひのでは気が向かなかった。街灯はついているがもう薄暗く遊んでいる子供はいない。
若い夫婦が子供と歩いていた。ターザンロープのある場所で足を止めた父親が三歳くらいの子供を抱き上げる。そんな小さいとロープも掴めないだろうとひのでは思いながら横目で見ていた。すぐそばでは実の弟が丸太をせっせと渡っている。
父親は子供にロープを持つように言い、そのまま子供を支えて走る。反対側で待つ母の元へ到着する。笑い合った家族は公園の出口へ向かっていった。
「あれって小さい子がやるやつ?」丸太を渡り終わった弟がひのでの横に立つ。「ぼくがやるには大きい?」
「そんなことないよ。大人でも耐えられるだろ。よっぽど太ってなければ………」
弟が言いたいのは体重ではなく年齢の話だと察した。
「さっきの子はこれで遊ぶの早すぎるよ。むしろお前がちょうどいいんじゃないの」
「ふーん」
「滑ってきなよ」
「うーん」
どうしてか弟は渋る。
「遊びたかったんじゃないの」
「ちょっとこわいかも」
「怖くないだろ。さっきの小さい子も楽しそうだったじゃん」
「お父さんがいたもん」
「にしびはあの子よりお兄さんじゃん。一人で平気だよ」
「…できない」
「なら滑んな。無理してお前が落ちて怪我しても怒られるの俺なんだから。早く買うもん買って帰るよ」
「ひのちゃん!」
駄々を捏ね始める弟を視界に入れず、ひのでは公園の出入口の方向を見る。どんどん暗くなる。早く帰らなければ。
「…一回だけやってみな。ちゃんとロープ掴んで足もグッてやれば平気だから」
「うん…」
「俺も横で一緒に走るから。落ちそうになったらキャッチしてやる」
「ぜったいだよ」
意を決して弟は台に乗りロープを掴む。怖がってた割に勢いをつけて滑走した。駆け足のひのでは置いてけぼりだった。
ゴール地点まで滑ると反動で跳ねて中央辺りまで戻ってきた。ロープから降りた弟は満面の笑みだ。
「たのしい!もっかい!」
「一回だけって言った。俺達には使命がある。また明日にでも来よう」
「ぜったい?」
「うんうん。今日はここまで」
ひのでは弟の手を取った。ロープを力いっぱい握った小さなやわらかい手だ。
「帰るのおそくなってお母さんにしかられてもぼくのせいだってちゃんと言うからね」
「絹がなかったせいだって言うよ」
真っ暗な道を進む二つの影を等間隔に並ぶ街灯が作る。かつてこの道は今よりもっと暗かった。弟と同じ年頃のひのでにとって恐ろしかった。お化け屋敷は一人でも平気なのにここを通るには勇気が必要だった。住宅街なので人がいることはおかしくない。しかし暗い道に人間がいてもいなくても何かが起きるような気がしてしまい、走って家へ帰ったこともある。
そんなことを思い出しているとひのでの鼻を美味しい香りがくすぐる。夕飯の準備をしているどこかの家の台所からだ。
「煮物っぽいな。美味そう」
「今日、肉じゃがだよ!さっきお母さんが作ってたんだ」
「おー、楽しみ」
食欲をそそられながら二人はスーパーへ歩いた。街灯はしっかり兄弟を照らしている。
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