第17話 おやすみ【上】
や……やっちゃった。とうとう、してしまった。私……今、幸祈にキス……しちゃった。私から……してしまった。
って、嘘。
本当に? 本当に……私、今、幸祈にキス――!?
「そ……そういうことだから――おやすみ!」
「は!?」
改めて思い返すや、あまりの恥ずかしさに頭がパンクしそうになっちゃって。くるりと身を翻すと、私は今度は自ら布団の中に潜り込んだ。
「いや、『おやすみ』って……ここで寝る気か!?」
「しばらくここで静かにしてろ、て言ったの、そっちでしょ!?」
「確かに、言ったけど……『寝てろ』とは言ってねぇよ!?」
確かに――ていうか、私も本気で寝るつもりはないけど。
ただ……ただ……とにかく、恥ずかしすぎて。
つい、カッとなって――ここまで来ても、まだ私が広幸さんを好きだ、なんて疑ってるから――衝動的に胸ぐら掴んでしてしまったのだけど。あと先、全然考えてなかった。キスのあとって……どうすればいいの? どんな顔して、何話せばいいのよ!?
今までのキスは全部、幸祈からで(うち一回は、おねだりしたけど)……なんだかんだでリードしてもらってたし。いざ、私が主導権握っちゃうと……どうしたらいいか、分かんないわよ!
幸祈も幸祈よ。意外そうにポカンとしちゃって。いっそのこと、キスし返すなり、また押し倒してくるなりしてくればいいのに――て、私は何を……!?
「ったく……」とため息混じりに言う声が聞こえて、「もういいわ。親が寝たら下戻れよ」
ギシリとベッドが軋む音がして、心臓がどきりと飛び跳ねる。
この流れって――。
え……わ……もしかして……来る? 幸祈もベッドの中に、入ってくる……?
たちまち、鳩尾の奥がかあっと熱くなる。
つい、逃げ込んじゃったわけだけど。そういえば、ここは幸祈のベッドの中で。しかも、真っ暗闇で二人きり(下にはおばちゃんたちはいるけど)。そして、もう私たちは子供じゃなくて……手を繋いで寝るだけの関係でもなくて。
――帆波ちゃんもおやすみ。あ――程々にね。
のんべんだらりと広幸さんが言った言葉が脳裏をよぎって、途端にざわりと背筋に痺れるような感覚が走る。
あの言葉の意味が分からないほど、私ももう無垢じゃない。
勉強も程々にします、なんて咄嗟にはぐらかしたけど。そんな意味で広幸さんが言ったんじゃないことくらい、ちゃんと分かってた。――ちゃんと分かるくらいには……私もきっと、期待はしてるんだ。
でも……いざ、そのときになると分からない。
どう……したらいいの? 私はどう迎え入れればいいの?
とりあえず、このままじっとして……待っていればいい? 幸祈が入ってくるのを待って……そのあとは任せればいい? 幸祈に身を委ねて、幸祈を……受け入れればいいだけ?
って、『受け入れる』って……簡単に言っちゃったけど。
大丈夫? 私……本当に分かってる? ちゃんと……できる?
ああ、もお……! こんなことなら、葵にいろいろ訊いとくんだった!
今まで幸祈に想いが通じることだけに必死だったから。いつまでも私の気持ちに気づいてくる様子も無くて、ヤキモキしてばかりいたから。両思いになることで精一杯だったから。その先のことなんてイメトレもしてない。
こうして……待ってるだけでも、心臓が爆発しそう。
ぎゅっと胸に押しつけるようにハンペンマンを強く抱きしめ、目を瞑る。
なんなのよ? 幸祈は何をモタモタしてんの? あんたのベッドでしょ。さっさと来るなら来てよ、バカ――と祈るように心の中で悪態づいて……ふと気づく。
いや……遅すぎない?
動く気配があってから、だいぶ経つ。それでも一向に布団に入ってくる様子は無くて。それどころか、もはや気配自体が無いような……?
「……」
何か……嫌な予感がする。
そろりと顔だけ布団から覗かせる。すると、やはりそこに人影は無く……代わりに、暗がりの中、ぼんやりと灯る光が目に飛び込んできた。突然の光に目を眩ませつつ、よくよく見てみれば……はるか彼方――ではないけれど、そう思えるような――部屋の隅の勉強机に座る後ろ姿が。
「は……!?」と思わず、裏返った声が飛び出し、ガバッと起き上がっていた。「何を勉強してんのよ!?」
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