第18話 弟を乗せた自転車で転ぶ




 

 絵の具を塗ったように赤く色づいた葉っぱが、ひらりひらり舞い降りて来る。


 ――桜紅葉さくらもみじ


 そう教えてくれたのは、晩年になってから俳句を始めたおばあちゃんだった。

 紅や黄色に染まる樹木のなかでも、桜の葉はとりわけ美しく紅葉するのだと。


 見知らぬ少年たちがサッカーをしている。

 藍子は小さな公園のベンチに座っていた。

 

 本当は、あのときからわかっていたのだ。

 苦しめていたものが正体を現わしたのだ。


 思い返せば3年生の2学期のことだった。

 満天星躑躅どうだんつつじの垣根が真っ赤だったから、ちょうど今ごろの時分だったろう。


 学校から帰った藍子は、弟の慎司を自転車のうしろに乗せて走りまわっていた。

 上手に乗れるようになったことを、3つ年下の弟に自慢したくてならなかった。


 それで、両脚をフル回転させ、そのままの勢いで一気に坂道を駆けおりたのだ。


 あっ、止まらない!!!! 

 気づいたときは遅かった。


 ――うわあっ! 


 コントロールが利かなくなった自転車は、満天星躑躅の垣根に突っ込んでいた。

 藍子はドサッとアスファルトに叩きつけられ、慎司は草むらに弾き飛ばされた。


 呻きながら起き上がると、右足のすねが飛び上がるほど痛かった。

 ペダルの先が皮膚に食いこみ、滲み出た血の下に白い骨が見えた。


 大変なことをやらかしてしまった。

 いやいや、大変なのは弟のほうだ。


 草むらに倒れて泣いている慎司を見た。

 幸いにも弟はかすり傷で済んだらしい。


 妙な方向にハンドルが曲ってしまった自転車を起こし、痛みを堪えて押しながら家に帰ると、棚の薬箱から消毒スプレーを出して、慎司と自分の傷に噴きかけた。


「きちんと手当てしておかないと、化膿でもしたら大変よ」

 心配そうに覗きこむかあさんに、藍子は笑顔で首を振った。


 たぶん、慎司も本当のことを告げなかったのだろう。

 とうさんが帰って来ても、藍子は叱られずに済んだ。


 その夜、呻き声が洩れないように深々と布団をかぶって藍子が考えていたのは、慎司の身体に大事がなくて本当によかった……ひたすら、そのことだけだった。


 もし、慎司に大けがをさせていたら、とうさんもかあさんも決して藍子を許しはしなかったはずだ。なぜって、ふたりとも藍子より慎司のほうが大事なのだから。


 慎司がとうさんの跡を継ぐ男の子で、わたしが女の子だから?

 慎司が近所でも評判の美少年なのに、わたしが不細工だから?

 

 ――もしかして、とんでもない事情が隠されていたとしたらどうしよう……。

 

 藍子は奥歯に力を入れて痛みに堪えながら、訳のわからない不安に怯えていた。

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