おばあちゃんの手鏡 🌬️
上月くるを
第1話 プロローグ
ギシギシ音をさせながら階段を降りて行き、キッチンのかあさんに声をかける。
フライパンをジュージュー言わせながらベーコンエッグを作っていたかあさんは「あら、おはよう!」メゾソプラノで答え、華やかな笑顔を振り向かせてくれた。
セミロングのゆるふわパーマがやわらかく揺れ、明るい茶色のひとみがじんわりと
かあさんは美人というわけではないが、人に好感をもたれる顔ではあるらしい。
藍子が幼かったころ、とつぜん玄関に入りこんで来た占い師のおばあさんから、
――あんたの丸顔には吉相が出ておる。万人に好かれる
と褒められ、つい気をよくして高価な印鑑を買ったこともあるらしい。(笑)
引っ込み思案だったかあさんは、それからあまり物怖じしなくなったそうだ。
*
ひっそり洗面所に行って鏡をのぞく。
いつもと同じ顔がこちらを見ている。
目も鼻も口も耳も、すべてのパーツが大づくり。
少女らしいところはひとつもない大きらいな顔。
テーブルでとうさんが新聞を広げているのは、いつものわが家の朝の風景だ。
とうさんは獣医師で、自宅のとなりに「やまねこクリニック」を開いている。
藍子も、弟の
動物の血液や体液、治療の薬剤などが染みついている白衣の裾をひるがえらせて忙しそうに飛びまわっているとうさんを見ているのが、藍子も慎司も大好きだ。
ずり落ちそうな丸いメガネを鼻先にひっかけ、ちらりと目を上げたとうさんは、「よう、おはよう。今朝もわが家の
そう言われることをなによりいやがる藍子を承知でからかってくるのだ。
いい歳をして、とうさんにはそんな子どもっぽいところがあるから困る。
藍子はツンと無視しておいて電気釜の蓋を開け、熱々のごはんを茶碗によそう。
――熱い味噌汁と炊き立てのごはんさえあれば、ほかにはなにもいらないよ。
いつもそう言って微笑んでいたおばあちゃんに、藍子は無性に会いたくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます