枠外の少女
県 裕樹
第一章 目覚め
いなくなった妹
「君! 止まりなさい!! ここから先に入ってはいかん!!」
「放せ……放してくれ!! 妹が……俺の妹が!!」
警察官の制止を振り切り、ロープを掻い潜って現場に近付き、視覚的にも寒々しい印象を与えるブルーシートを剥ぎ取ると、青年――
「
衣服を全て剥ぎ取られた状態で地べたに横たわり、明らかに『暴行を受けた』結果、殺されてしまった……その無残な姿を晒したまま、入沙は、もう二度と光を宿す事の無いその瞳で、虚空を眺めたまま冷たくなっていたのだった。首筋に残された赤黒い跡が、彼女の最期を如実に語っていた。この時、彼女はまだ小学6年生。人生の幕を下ろすには、あまりにも早すぎた。
『ピピピピピピ・ピピピピピピ……』
胸ポケットの中の携帯電話が頻りにコール音を鳴らしていたが、そんな物に応答する気は到底起こらず、半狂乱のまま警察官に取り押さえられ、無理矢理に入沙から引き離され、涼は絶叫した。
「放せ! 放せよぉ!! 入沙!! 入沙あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
* * *
12年前、入沙を身ごもった彼らの母親と、まだ小学生だった涼を残して、彼らの父親は航空機事故で大空に散った。次いで母親も、心労からか、入沙を出産した後にすぐ、夫を追うようにしてこの世を去った。親戚も無く、身を寄せるあても無い二人は、施設に収容されて幼少期を過ごした。が、涼が高校生になった時、彼は死に物狂いでアルバイトに励み、生活費を蓄え始めた。そして大学生となった涼は、入沙と共に施設を出て自活を始めた。それからは、なるべく良い会社に就職して、入沙に不自由な思いをさせないようにするため、必死になって頑張ってきた。だが今、彼はその妹――入沙すらも失い、天涯孤独になってしまったのである。
以来、持ち前の明るさも影を潜め、学校でもアルバイト先でも精彩を欠いた涼は、次第に生気を失って、まさに『生ける屍』と化していた。
* * *
「おーい涼……やれやれ、今日もダンマリかよ。あれから半月だぞ?」
「ほっといて下さいよ。俺にとっては、たった一人の肉親だったんですよ? それを、あんな無残な姿に……」
「犯人はまだ捕まってないし、証拠も手掛かりも無いと来たもんだ。やれやれだな」
薄汚れた白衣に身を包み、ボサボサのままの頭をボリボリと掻き、フケをポロポロと落とす無精髭の男が涼の傍にやって来て、呆れ顔になった。
「……それより、紘也さん。風呂に入ったのっていつですか? 既に『臭い』ってレベルを超えてるんですが」
「あーん? 垢じゃ死なねぇよ」
紘也と呼ばれたこの男。極度のものぐさな上、研究に没頭し始めると寝食を忘れて熱中してしまう為、2~3週間入浴をしないだなんて事はザラだった。元の容姿は決して悪く無いだけに、その辺りで非常に損をしていた。が、本人はそんな事はお構いなし、という感じであった。因みに、研究に没頭するあまりに単位そのものは落としまくっている為、既に24歳、現在大学6年生なのである。
「涼よぉ、メシ食ってるか? 顔色悪いし、何だか頬もこけて来てるぞ?」
「あぁ、食ってますよ。ゼリー食とかパンとか」
「あの量のバイトこなしてて、それっぽっちじゃ、お前もくたばっちまうぞ?」
「だから、ほっといて下さいよ!!」
涼はキッと紘也の方を睨み、怒声を発した。だが、直ぐにハッと目を伏せ、ポツリと呟いた。
「……スミマセン。ちょっと、頭冷やしてきます」
(妹、ねぇ……確かに可愛い娘だったが、奴があんなに落ち込むとはなぁ。やって出来ない事は無いが、吉と出るか凶と出るか、博打だな。だが……ま、やってみるか!)
と、ボソッと呟いた後、彼もまた講堂から姿を消した。そしてその後、2ヶ月ほど紘也はラボに篭りきりになり、皆の前に姿を見せなかった。
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