第5話 星の湖 その三
ぼんやりとしていた光が、急にカッと強くなる。
龍郎がかけつけると——
いったい、どういうことだろう?
水面にさざなみが立ち、ものすごい数の火の精が浮かびあがっている。
しかも、その光のなかで、二人の男女がウロたえているのが見えた。近づいていくと、ヨナタンとウーリーだ。
「何してるんだ! 二人とも逃げろ!」
二人はおびえて動けないようだ。龍郎はコートをぬぎ、二人の頭上でふりまわした。おどろいたことに、盆がコートに変わっても退治できる。龍郎のコートにふれると、火の精は燃えつきたように小さくなって、湖面にポトポト落ちていく。線香花火の最後の玉が、ぽつん、ぽつんと降るように。
そのさまは妙にキレイで、失われた夏の
とつぜん、青蘭に会いたくなった。手を伸ばせば、すぐそこに愛しい人がいたあの時は、もう帰らないのだと、一人で戦いながら痛感する。
「早く、今のうちに走れ!」
片手で背中を押すと、ようやくヨナタンはウーリーの手をひいてホテルのほうへかけだした。
火の精たちは二人のあとをついていこうとする。まるでパレードの先頭を飾る王と女王に、青い星の群れが追従するのにも似て幻想的だ。が、じっさいには、その炎はほんの指のさきをかすめるだけで、二人を消し炭に変えてしまう。
龍郎はけんめいにコートをグルグルまわす。やっとのこと、火の精がすべて消えた。
龍郎はヨナタンたちが入っていったホテルの玄関にとびこむ。二人はそこで息を切らしていた。
「いったい、何があったんだ?」
龍郎がスマホの翻訳機能を使ってたずねると、ヨナタンが答える。
「ぼくは外を歩いてく、この人を見かけたから、話してみようと思って、あとを追っただけ」
なるほど。外国人同士だから、英語で話せればとでも考えたのだろう。ヨナタンはドイツ語のほか、英語も多少なら使える。
ウーリーは何も答えなかった。ショックのあまり、まだ口をきけないらしい。
それにしても、なぜとつぜん、あんなにものすごい数の火の精が湧いてでたのだろう? とくにこの湖で目撃されるというウワサは聞かなかったのだが。
(そう言えば、ウーリーさんって最初に出会ったときも、火の精に襲われてたっけ。あのときは出雲大社の境内が火の精であふれてたから、とくに疑問にも思わなかったけど)
もしかしたら、ウーリーも巫女の力を強く残しているのかもしれない。だから、火の精につけ狙われているのか……。
とにかく、ホテルのなかまでは火の精が現れていない。今夜はもう安心だろう。
「ウーリーさん。外は危険だから、一人で出ないでくださいね。とくに夜間は」
「はい。すいません……」
ウーリーが自室に帰っていったので、龍郎もヨナタンとともに自分たちの部屋に戻る。
(そうか。向こうの部屋には清美さんとウーリーだけか。やっぱり、ガマ仙人もつれてくるんだった。男と女でわかれたときに、清美さんたちが危ないな)
朝になったらマルコシアスにガマ仙人をつれてきてもらおうと考えているうちに、いつしか寝入っていた。
夢を見ている。ひどくリアルだが、夢だろう。龍郎は湖底によこたわっている。おーい、早く目を覚ませと誰かの呼ぶ声が聞こえる。
——龍郎さん。
——青蘭なの?
——うん。
——なんで、おれを呼ぶの?
——呼んだのは、僕じゃないよ。
——じゃあ、誰?
——わかんない。
湖底から星空をながめている。銀粉をまいたような無数の星の光が、水面でキラキラ反射して、宝石のなかに閉じこめられたみたい。
——ほら、キレイだね。青蘭。
——うん。キレイ。
——ずっと好きだよ。君を。
——うん。わかってる。
幸せなのに、胸の張りさけそうなこの感覚。
きっと、これが最後。
もう二度とこんなことはないだろう。
最後の共鳴。
朝には去っていく。
そっと手をつなぎあった。
涙が湖水に溶ける。
こんなに好きなのに、なぜ別れなければならないのだろうか?
でも、その気持ちはすでに龍郎だけなのかもしれない。
青蘭はミカエルと……。
それを聞くのは怖かった。
いや、聞くまでもない。
青蘭はミカエルと一つになるのだから。いつ、そうするつもりなのか。もう時間の問題だ。
朝方に目がさめた。
そのときには、青蘭の気配は消えていた。やはり夢のなかだけの共鳴の余韻だ。
(青蘭……)
求めても、どうしようもない。不在が重くのしかかるだけ。
冷たい木枯らしが全身を吹きぬけていく。体のなかが、からっぽだ。表面の皮膚はかろうじて残っているが、血も肉も失われてしまった気がする。がらんどうになった体内を風が通る。
カラカラというその音を黙って聞いていたときだ。
外から悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ?」
「本柳くん。急ぎなさい。何かあったらしいぞ」
穂村やヨナタンも起きてくる。
龍郎はパジャマの上にコートをはおり、廊下へとびだした。
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