第5話 星の湖 その二
というわけで、朱鞠内湖。
出雲空港から羽田経由で新千歳空港へ行き、そこからはレンタカーだ。タクシーだと片道五万円以上するし、一台に人数がおさまりきらない。
龍郎、穂村、清美、ヨナタン、それになんのつもりか知らないが、ウーリーまでついてきてしまった。五人の成人がそれぞれ荷物を持って乗りこむわけだから、乗用車ではおさまりきらない。ワンボックスカーを借りて、朱鞠内湖まで来た。
朱鞠内湖は北海道、上川管内、
なんと言っても水の透明度が高く、ダムを造るために沈んだ樹木が湖底に立つのをボートでながめることができる。星空のとても美しい湖だ。
夏に来れば涼しくてほどよいのだろうが、季節は十一月。真昼でも気温は一、二度。深夜なら零下という寒さだ。龍郎の感覚で言えば、M市の二月ごろの温度である。
しかし、景色は文句なく美しい。まるで北欧の湖畔だ。
「寒い! 凍え死にます! わたしたち、なんでこんなとこに来ないといけなかったんですか?」
「いや、だから、清美さん。留守番してくれててもよかったんですが」
「やですよぉ。せっかく、なんかスゴイことが起こりそうなのに、見逃しちゃうじゃないですか」
「…………」
ほんとなら湖のようすをつねに観察するために、キャンプをしたかったところだが、この気候ではテントで寝るなんて考えられない。しかたなく、湖のほとりにある宿泊施設に宿をとった。ロッジ風の建物で、トイレ、洗面所、浴室が共用だ。とは言え、暖房が充分きいていることが何よりの
「はぁ。室内は快適ですねぇ。よかった。これなら夜も凍死しません」
「そうですね。今夜は移動で疲れたから、夕食を食べたら早めに休みましょう」
湖の散策は明日にまわすことにする。夕食は食堂へ行き、ダッチオーブン料理を満喫した。肉も野菜もフカフカで美味い。明日はジンギスカンにしようと思う。
鍋よりもダッチオーブンのほうが口にあうようで、ヨナタンがめずらしく、たくさん食べた。
「料理、美味いなぁ。北海道って感じ」
「そうですね。じゃあ、ウーさん、お風呂行きますか?」と、清美。
「いいですよ。お風呂場共用って、どうなってるんでしょうね? まさか混浴じゃないですよね?」
「ええっ、それはないと思うけどぉ。あっ、キヨミン、意外と胸はあるんですよ? ウーちゃんほどじゃないけど」
すっかりウーリーとも仲よしのようだ。
部屋割りも清美とウーリー。龍郎たちは男三人でひと部屋である。
シーズンオフのせいか、ほかに泊まり客の姿はないが、もしも火の精が襲ってきたときのために、なるべく全員が近い部屋にいたほうがいいという配慮だ。ちなみに宿代は龍郎持ちである。
シングルベッドが三つならんだ部屋。しかし、窓の外には湖が間近に見え、周辺の白樺や背の高い木々も、日本の風景ではないように情緒豊かだ。あたたかい部屋から
「うわぁ。夜は星がスゴイですね。うちの田舎より、たくさん見える」
降るような星の数とは、このことだ。しかもその星が湖面に反射して、空にも大地にも無数の星くずが広がっている。
(この景色、青蘭と見たかったな……)
ふと、そんなことを考えてしまい、龍郎は寝られなくなる。どんなに忘れたつもりになっていても、表面の皮をほんの一枚めくってみれば、その下には青蘭の思い出が刻みつけられている。消えるわけがない。せめて眠れない夜は、朝まで青蘭の記憶と語りたい。胸の内にいる幻影と話すことくらいは、龍郎に残された自由のはずだ。
(青蘭。今でも、これからも、ずっと君を……)
美しい森の景色をながめて物思いにひたっていた。
何時ごろだろうか?
樹間を白いものがチラチラしている。どうやら雪のようだ。さすがは北海道だ。M市では十一月に雪が降ることなんて、めったにない。
(あれ?)
そうとう寒いはずの外を誰かが歩いている。街灯がないので、星明かりでかすかに人の形が見えた。男か女かもわからない。シルエットから言って軽装だったようだが、あれでは本気で凍死しないだろうかと心配になった。
ふと見ると、ベッドの上にヨナタンの姿がない。まさか、さっきの人影はヨナタンだったのか……。
夏場ならほっといたかもしれないが、この季節に放置はしておけない。龍郎はベッドをおり、枕元に置いていた懐中電灯をとりあげた。あちこちで危険な冒険をしたせいで、懐中電灯はマストアイテムだ。
真夜中なら玄関扉が閉ざされていたかもしれない。が、スマホを見ると、意外にも時刻はまだ十一時前だった。表戸から堂々と外へ出ていく。
「おーい。ヨナタン。どこにいるんだ? 外は寒いぞ」
用心のためにコートを羽織ってきたものの、外気は骨身にしみるほど冷たい。これでは、ものの数分のうちに、龍郎自身も冷えきってしまう。
いったい、ヨナタンはなんのために外へなど出たのだろう?
すると、湖のほうが急に明るくなった。異様な光だ。龍郎は急いで、そっちへ向かっていった。
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