第3話 お化け その三 地獄編 地獄に落ちる準備
おばけ その三 地獄編 地獄に落ちる準備
三崎伸太郎 08・15・2021
地獄に行くとなると、それなりに準備が必要だ。
私は「お化けの服」を持ち上げて、本当にこれを被って安全に地獄に行けるのかどうか迷っていた。
「どうしたの?地獄に行かないの?」私の気持ちも知らないで家内が言った。
「地獄に行くことは、地獄に落ちることだよ。ダンテの「神曲」でも、当然仏教徒の地獄思想をまねたものと思われるけど、とにかく地獄は怖いところで、実にヤバイ」
「行って見ないとわからないじゃない」
「でもね、地獄に落ちた人間が戻って来た例などありえないでしょう?」
「あーら、例のお化けは地獄から来たのでしょう?」
「そ、そうだね。彼は、地獄から来たようだね」私は、声を落として言った。恐ろしかった。私は臆病な人間だ。お化けやヤクザ、チンピラとは関わりたくないし、高学歴で地位のある人間も、苦手だ。これらの者達と会うことは苦痛である。
私は田舎育ちで、トイレが母屋と離れていた。夜中に小便がしたくなると、玄関の戸を開けて外に出なければならないのだが私は、ある夜中にドアを開けてそこから外に向かって小便をした。当然翌朝、親にはこっぴどく怒られた。私は、暗黒の夜が嫌いである。お化けが出そうだからだ。
「無理して、冒険するのは止めようかしら・・・」女性のような弱々しい言葉で、私はつぶやいた。しかし、耳の良い家内は直ぐに反論した。
「何言っているのよ。男でしょう? 確かめて来なさい。地獄がどんなところか」家内が私に押し付けるように言った。
「でも、暗黒で火炎がとりまいているんだぜ。今日だって、こんなに暑いのだから、いまさら無理はいけません」
「だ、か、ら、言ったでしょう? 地獄も改革されているって」
「そ、そうね。それは、あくまでも推測でしょう?」私は必死に食い下がった。長年、貧しい会社員をしている。上司に歯向かうことなどは、極力避ける姿勢が身についている。しかし、地獄に落ちることと、安易な会社勤めとは訳が違う。
「ほら、これ」家内がカップ・ヌードルを数個持ってきた。
「お化けさんにお土産よ。そして、ペット・ボトルの水が2本」と、家内が言いながら私に手渡した。どうしても、私を地獄におとしたいらしい。
私は、母の写真の前に行ってお別れをした。地獄に行ってまいりますと、写真の母に報告した。
そして、私はお化けのくれた「地獄に落ちる方法」の箇条書きされた部分を丁寧に読んで頭に入れた。何とか成りそうである。
「もし、二三日帰ってこなかったら警察。いやFBIに連絡して捜査してね」私は家内にお願いした。
「大丈夫。アメリカ合衆国の軍隊に連絡してあげる」元農林省の課長の娘は、考えることが我々一般人とは違う。頼もしく思えた。私達は、合法的にアメリカに住んでいる。アメリカ人と同じである。頭の中で、巨大な空母や戦闘機が動いているさまを無意識に思い描いていた。グリーン・ベレー等の特殊戦闘員が地獄に私を助けに来てくれる有様は、私の気持ちを強くした。
「よし、ぼくは行くよ。地獄にまっさかさまに落ちて見せます」
「あら、神風特攻ではないのよ。気楽に行けば良いじゃない」
「でもねえ・・・」
「セル・ホーン(携帯)、持った?」家内が言った。
「だって、地獄からは繋がらないでしょう?」
「そこが、進さんの悪いところ。自分で判断しないことよ。地獄だって、セル・ホーン(携帯)が使われているわよ」と、家内は言った。
私は、半ば白けて「まさかあ・・・」と、自分の手にしていたセル・ホーンに目を落とした。
「試してみたら?」
「どう言う事?」
「ほら、お化けさんから来た暑中見舞いに電話番号が書いてあったじゃない」
私は、家内の言葉を聞いてお化けから来た暑中見舞いを改めて見た。確かに電話番号らしき数字がある。
「ある。これ、本当に電話番号かしらねえ・・・なんか、縁起の悪そうな番号だけど」
「大丈夫。試してみなさいよ。安心でしょう?」
「そうだねえ」私は、急に元気付いた。若し、これが出お化けの居る地獄の電話番号であれば、間違いなく現世だ。つまり、お化けは地獄にはいなくてニューヨークの地下鉄辺りに住んでいるかもしれない」昔観た映画を思い出していた。
私は、縁起の悪そうな電話番号をセル・ホーン(携帯)に打ち込んだ。呼び音が鳴り始めた。
「あれ? かかってる」まさかと疑いながらも、私はセル・ホーンを耳に当てた。呼び鈴も変な音だ。
直ぐに「地獄事務所でございます」と、案内嬢の声だ。丁寧な言葉だ。(なんだ。お化けは、会社員か)と、私は少し安堵を覚えた。
「あの・・・」と私は話そうとして、お化けの名前を知らないことに気付いた。
「あの、知人のお化けさんを探しているのですが」と、他の人が聞いたら笑われそうな言葉を使っていた。もちろん日本語だ。
相手も慣れている様で「リザベーション・コードをお持ちですか?」と聞いてきた。
私は、お化けの暑中見舞いに書いてある、例の4242999を言った
「少々お持ち下さい」と、相手は言った。そして、すぐ「どなたはんですやろか?」例のお化けの声だ。
「やあ、お化け君。人間の進です。ほら、服に丸を描いた」
「なんや、あの時の人間さんですかあ。あの時は、お世話になりやした。アネさんはお元気どすやろか」何か、お化けの話し方には色々な方言がゴチャゴチャと並んでいる。
「ああ、家内は元気です。それで、今日ぼくは地獄に落ちてみようかなと思って電話させてもらいました」
「そうでっか。よう決心されましたなあ。あんさん、どんな悪いことされはったんです? 極悪人には見えなかったですけど。確かに、貧乏人には見えました。それで、銀行強盗なんかして二三人殺傷したんですかいな」
「お、お化け君。脅かさないでよ。僕は、悪いこと等、してないよ 君からもらった暑中お見舞い、お礼言うの忘れていた。暑中お見舞いありがとう。それに、地獄めぐりの案内があったので、興味を持ったというわけさ」
「ああ、さよか。それなら、今日あいてます。いつでも来てくださいな」
「いつでもと言われてもだねえ。地獄って、怖い所だろう? 正直僕は、怖いところは苦手」
「何をおっしゃいます。地獄は天国でんがな。地獄に落ちた人間は皆、幸福だといってま。来て見ておくれなまし」(まし?)お化けは変な言葉を語尾につけた。
「本当に大丈夫だろうね?」
「ほんまに、オーケーです。わて、地獄門に出て待ってますわ」
「地、地獄門というのは、例の閻魔大王の審査があるところでしょう。嫌だねえ、怖いし」
私は、小心者だ。怖い顔をした閻魔大王の前にでると、悪いことをしていなくても、現世で悪いことをしました。反省しています。許してくださいなどと、言わなくてもいいことまで言ってしまうだろう。それで、結局罪状持ちになり、炎熱地獄に落とされるのだ。
「閻魔君なんか、わてのダチでっせ。こないだも二人でカラオケで盛り上がりましたんですがな。彼の得意な歌は村田秀雄の『王将』です」と、お化けが言った。
何か、話の内容がメチャクチャになり始めた。
訳が分らなくなってきた私は、軽薄で小心者の取るパターンで、
「分った。落ちる。地獄に、さっぱりと落ちてみますので。よろしく」と、言ってしまった。
「ほな、楽しみにしてまッす」
「でもね、どのくらいの時間がかかるのだろうかねえ・・・一時間以内で行ければ、嬉しいけど」
「ああ、それそれ。すんまへんなあ、地獄も最近混んできてえ・・・それに、お盆でっしゃろ。人間がコロナ菌が怖い言うて、逃げて来よりまんがな。そいで、混んでますう」
「なるほど、それで?」
「それで、あまり良いティケットが取れなかったもんやさかい、暗黒列車の三等席で地獄に落ちてもらいます」お化けは声を落として言った。
「おいおい、お化け君。なんとなく、怖そうじゃあないか。嫌な感じだねえ。暗黒電車はスピードが遅そうだけど、何時間ぐらいかかるの?」
「そうでんな、二三時間かなあ・・・」
「暗黒の中を二三時間。止める。いやだね。そんな思いまでして地獄になんか落ちたくないし」私は、地獄めぐりに興味を失ってきた。
「今、チャンスですぜ」お化けが言った。
「?」
「車窓の外には、綺麗どころが地獄の有様を見せますよって」
「なに、それ?」
「毎年、夏のお盆期間中は地獄の特別サービスがありまんのや。地獄在住の綺麗どころがクネクネしまっせ」
「く、クネクネ」それだけで、心の卑しい私は、変なことを想像していた。家内に聞こえないように、寝室の方に移動し「クネクネは、本当だろうね」と、念を押した。
「お化けは、うそつきまへん」相手は、きっぱりと言いきった。
私は地獄に落ちる決心がついた。
つづく
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