第2話 その二  地獄編

お化け その二  地獄編 7月25日


夏休みが来た。私は学生ではなく会社員なので、もちろん夏休み等はないが夏休みのシーズンは例の「お化け」のシーズンでもある。

昔行ったお化け屋敷等を思い出していた。

「そろそろ、お化けのシーズンだよね」私はスイカを齧りながら家内に言った。

「そうらしいわねえ。例のお化けから暑中見舞いがとどいているわよ」と、家内が言った。「えっ?」私は、怖さで声を上げた。

「はい」家内が私に葉書を渡した。例によって地獄の火炎が描いてあり、スタンプ(切手)には閻魔大王らしき人物がデザインされている。

家内はコンピューターのYouTubeの画面に向かって手を振っている。画面を覗き込むと、ブルー・インパルスと呼ばれる航空自衛隊のアクロバット飛行チームの飛行機が地上をゆっくり走って滑走路に向かっていた。オリンピック開催での展示飛行を終わり、松島基地に帰るところらしい。コックピット内のパイロットが撮影しているカメラに向かって手を振っている。家内はそれに向かって手を振っていた。「あの、この手紙は本当に地獄からかなあ?」小心者の私は、カッコイイ自衛隊のパイロットに手を振っている家内に聞いた。

「そうみたい」家内はYouTubeを止めると、画面から目を離しチラリと私を見て言った。

「すると、ぼくは死んで地獄行きなの?」

「ん? なァに言っているのよ。コロナで死ぬわけでもないでしょう? 単なる暑中見舞いでしょう?」

私は何となく必死だった。確かに、私はジェット・パイロットのように格好よくない。しかし、労働者として月曜から金曜日まで働いている。こんなことに意味はないかもしれないが少しは神様も私を哀れんで、地獄ではなく天国の手前の最下層にでも置いていただきたいと、日頃から願っていた。

「その手紙に“リザベーション・コード”が書いてあるから」家内が言った。良く見ると「4242999」と数字が並んでいた。

「『リザベーション・コード?』 ぼくは予約してないよ」

「地獄だって忙しいのよ、きっと」

「忙しいなら、必死で生きている労働者を地獄に落とすことはないだろう?」私は、家内に噛み付いた。

「あァら、私はお化けでもないし閻魔大王でもないわ」

「でもね、お化けと仲良くなったのは君だぜ」

「そうね・・・」

「そうだろう? なのに、ぼくに地獄なんて・・・」私は声を落とした。故郷にいる年老いた母親の顔が浮かんだ。

「スイカを食べて地獄に落ちる・・・こんなことはあり得ないから、大丈夫」家内が私に念を押した。しかし、それが私には重く響いた。

「スイカと・・・ほら、なんだったけ、食あたりの・・・」私はスイカと一緒に食べてはいけないものの食品を頭の中で描いたが思い出せない。

「天ぷら」家内が言った。

「そ、ほら昼間に食べた」

「大丈夫。私、古い油は使わないから。それに、あなたが食べたのはサツマイモと竹輪、掻き揚げだけでしょう。心配ないわ」

「でもねえ・・・」

「行って来たら? お化けさんからもらったユニフォームで、バケーションも良いかもよ」

「ああ、あれねえ・・・」私は思い出していた。天国を除き一瞬で何処へでも行ける白い服。私は、再び手にしているお化けからの暑中見舞いに目を落とした。

カリフォルニアは干ばつで、先週から熱波がに見舞われ、毎日が暑かった。山火事もあちこちで発生している。今日は土曜日。午前中からエアコンがフル回転で、玄関のドアを開けるとムッとした風を顔に受けた。

「こんな暑い時に、地獄に行ったらバケーションではなく単なる苦痛になります」と、私は言った。頭の中で、地獄の燃え盛る火炎の場面を思い出していた。

家内は再びYouTubeを動かして朗読の池波正太郎「藤枝梅安」を聞き始めた。怒った仏像の顔が画面にある。不動明王かもしれない。 私は、地獄で怖い形相をした閻魔大王を不動明王に重ねた。

「ぼく等、地獄に行ったら、そのまま労働だよ。働かされるんだ。多分羽毛で出来た塵払いのようなモノで、地獄に落ちた人間をくすぐって苦痛を与える仕事等を任されるに違いない。嫌だね。これは苦痛だよ」と言いながら、私はふと、色っぽい女性が私の動かす羽毛の塵払いで苦痛にゆがめる顔を思い浮かべて、鼻の下を伸ばしていた。これは少し面白いかもしれない等と不道徳な思いが首をもたげている。

「そうだね・・・やはり、地獄に旅行してみようかしらねえ・・・」などと、最後は女言葉のように家内に声をかけた。

「地獄に落ちて見るのも面白いかもよ」家内が私の内心を察しているかのような言い方をした。

「でもね、暑いぜ。地獄は炎で覆われているのだろう?」

「近代化されていると思うわ」と家内が言った。

「?」

「地獄だって、昔のままではないと思うわよ」

「ど、どういうこと?」家内は、かって大蛇の背を踏んだ日本初の女性だ。考え方も、人並みはずれていた。

「地獄も近代化されてエアー・コンデェショニング(クーラー)が動いているかもよ」

「まさか・・・」

「だって、白いおべけの服の中は心地よかったのでしょう?」

「確かに・・・」私は、再度お化けからの暑中見舞いに目を落とした。良く見ると地獄への道案内が箇条書きしてある。地獄に落ちるのは意外に簡単だった。「よし、行って見るよ」と、私は羽毛の塵払いを思い浮かべながら家内に言った。

続く 

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