第33話 救出準備 ーアーノルドの決意ー

 アーノルドたちが転移石を用いてついたのは、ドラグニア城だった。何かあったら使えと言っていただけに、すぐにエスメラルダとコンタクトが取れる場所に設定していたようである。


 ちょうど同じタイミングで、エスメラルダが従者と共に三人のもとへ小走りにやってきた。三人はすぐに王妃に向かって礼をし、顔を上げた。アーノルドが口を開けるより先に、エスメラルダが首を振った。


「みなまで言うな。私のところにも今報告が入った。ランドルフ王子を監視してた二人の兵が殺されたとな」


 アーノルドに抱えられたシンシアの亡骸を見やり、エスメラルダは悲しげに瞳を細めた。


「……この子に、同情の余地はない。殺されて同然のことをしていたのだから。……だが、アーノルド王子よ。我が国の子を連れ帰って来てくれたこと、心より感謝する」


 胸元に片手を添えて頭を下げると、すぐに二人の兵士がエスメラルダのもとへとやってきた。王妃が二人に目配せし、兵士はシンシアの亡骸をアーノルドから受けとる。彼女は故郷でしっかり弔われるだろうと、アーノルドは目を伏せて思った。


 顔を上げたエスメラルダはふと視線を動かし、マリアベルが負傷していることに気づくと周囲に視線を巡らせ、一人の女中を手招きする。


「彼女の手当てを。それから新しい服も用意してやってくれ」

「かしこまりました、陛下」


 女中は深く頭を下げ、ローレンスに支えられていたマリアベルにも会釈をしこちらへ、と彼女を案内する。マリアベルはローレンスを見上げ、ローレンスはこくりと頷き共に行くよう促した。


 マリアベルの背中を見送ってからエスメラルダは、アーノルドとローレンスの二人へ視線を戻す。彼女の金色の瞳は、怒りを携えていた。


「申し訳ございません、エスメラルダ王妃。……守ると誓ったと言うのに……早々に誓いを破ってしまった」


「謝るのはまだ早い。あの子の心や身体がもう一度壊れでもしたら恨み言のひとつも言ってやろう。……だが、まだだ。今はアンジーを救うことだけを考えろ」

「はい、……必ず!」


 アーノルドはきっと眉をつり上げ、力強く頷く。エスメラルダもこく、と頷き、話を続けた。


「ランドルフ王子に拐われたと、そういうことでいいな?」

「はい。マリアベルの傷は、そのときランドルフにつけられたと」

「……あの男、お前たちが立ってすぐにここを訪れた。すぐに追い返してやったが、話が全く通じなかったよ」


 濁った空色の瞳を思い出し、エスメラルダは忌々しげに表情を歪めた。


 アーノルドとローレンスは思っていた通りの事態が起こっていたことに顔を見合わせ、冷や汗を滲ませる。転移石を使ってドラグニアを訪れ、エスメラルダと接触もしている。だというのにそのあと更に行動を加速させたと言うのか。


「ランドルフ王子は、アンジーがまだ自分のことを愛していると、だから自分のものなのだと思い込んでいる。あれはもはや正気ではない。その証拠にもう三人、我が国の子を殺した」


 クラウディア国王は野心家で愚かだが、自分の首を絞めるようなことはしない。あくまで自身の保身、そして利益と繁栄のために動いてる。さらに言えば、竜族のことを「兵器」と捉えており、むやみやたらに殺すような真似はしなかったはずだ。そうすることで自国が、過去の記録のように消されてしまう可能性があるとはっきりわかっている。アンジェラが炎舞を用いたあのときのエスメラルダの牽制は、さらにその警戒を強めるには充分すぎるほどに作用していた。


 だが、ランドルフは。


 クラウディア国第一王子は、「そんなこと」などどうでも良くて。ただアンジェラを取り戻すことだけを考えている。そしてそれを邪魔するものは全て敵であると判断し、躊躇なく殺す。それは実に危険な思想だった。


「クラウディア国王に真相を話すのは簡単だ。だがそうしたところであの狂気の王子がアンジーを簡単に解放するとは思えない」

「アンジェラはオレが救います」


 はっきりと、迷うことなくアーノルドが告げる。


「だから王妃様には、あの城の中へ入る手助けをしていただきたいのです。……穏便に済まそうとは、思っていません」


 アーノルドが触れたのは、腰に差した剣。アンジェラを拐った男はもうすでに三人の人間を殺している。そうまでなってしまった相手に正攻法は無意味だ。


「アーノルド王子。ソール国の王子であるお前が、他国の城で剣を振るう意味……わかっているのか?」

「……はい」

「わかっていて尚、剣を持つか。それをアンジェラが望んでいなくても?」

「彼女を救うためにはもう、手段を選んでいられません! あの男がどれだけ、……どれだけアンジェラを傷つけたか!」


 エスメラルダはじっとアーノルドを見つめて、それからふっと笑みを浮かべる。その不敵な笑みにアーノルドは、思わずぎくりとしていた。


「いいか、アーノルド。相手が狂っていたとして、お前まで狂ってどうする。冷静な判断を欠くのは相手の思うツボだ」

「……確かに、アーノルドが城で暴れて万が一のことがあったら、姉さんはすごく悲しむと思う。アーノルドの気持ちはおれもよくわかるけど……」


 同じ理由でローレンスは、アーノルドの代わりに自分が、とは言えなかった。アンジェラは三人のうち誰か一人にでも万が一のことがあれば酷く傷ついてしまうだろう。シンシアが殺されたとき、マリアベルが傷つけられたとき……それだけでもう充分に、深い傷を負っている。


「だが、他にどうしたら……」

「転移石の中には特殊な働きをするものがある」

「……え?」


 突然の話題にアーノルドは間の抜けた声を上げた。エスメラルダは気にせずに続ける。


「お前たちがここに来るときに使ったもののように、移動場所が定められているものがそれだ。本来の石は大まかな場所に移動させるものだが、その石は確実にその場所へ移動できる。軸となるのは『ひと』だ。先の転移石は『私』がいる場所へ到達するものだった。……ただしこれはドラグニアでも珍しいもので、錬成するのに大変な時間がかかるため滅多に使用許可を出さないものなのだが……我が国の、我が妹の子アンジーを拐った男はすでに三人の子を殺めた。手段を選んでいられない……まさに、その通りだ」

「まさか、それで……」

「私とローレンス、マリアベルは正面から城に乗り込む。拝謁を賜りたいと言えば容易に通してくれるだろう。念のため二人にはドラグニアの兵のふりでもしてもらうつもりだが……アーノルド。お前は一人で、アンジェラのいる場所に乗り込むんだ」


 アーノルドははっと目を見開く。


「あのランドルフの様子からして、アンジーは城のどこかに隠されている可能性が高い。クラウディア城が一番安全で彼女の行動を制限するにはもってこいの場所だが、国王に見つかれば利用されることは明らかだろう。正気のアンジーが国王と交渉する可能性も否めない。国王は竜族の力さえあればいいから、息子の主張より竜族の娘を選ぶように思う。だから城の、王の目が届かない場所に隠す。二度とアンジーがどこにもいけないように、な」


 言葉を紡ぎながらエスメラルダは、この考えが当たっていたらランドルフ王子はどこまでも厄介な存在だと思う。狂気の住人になっていながら変に冷静で、どうするのが一番都合がいいのかということを理解している。

 アンジェラと自分を邪魔するものは全て敵――そしてその敵はいつどのタイミングで増えるかわからない。

 だったら隠してしまおうという考えに至るのは想像に容易い。


「アーノルド。アンジェラがそばにいればお前は恐らく負けない。理由はそのときになればわかるはずだ。ランドルフ王子は歯向かってくるだろうが、戦う必要はない。アンジェラと共にその場から逃げて……可能なら、王の間に連れてくるんだ。クラウディア国王に真実を突き付けて、それで国王が認めれば問題はない。……だが国王も、息子に荷担するような真似をするならそのときは」


 エスメラルダ王妃の瞳がすっと冷たく細められた。


「そんな愚王、いないほうが世のためだ」


 王妃には、国ひとつ消す覚悟があるのだろう。だけれど叶うなら、そんな真似はさせたくはない。彼女もまたアンジェラの大切なひと、であるから。

 傷ついてほしくない。ずっと笑っていてほしい。そのためにはまず、あの男から取り戻さなければ。

 そして取り戻したのなら、そのときは。もう二度と、何があってもランドルフには近づけさせない。

 改心しようが、正気に戻ろうが、アンジェラが許そうが――あの男は、それ以上の罪を重ねたのだ。

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