第17話 彼女にさせる償いとは
アーノルドたちが捕らえられてすぐ、当然のことながらその報告は国王にも届いた。
書状に目を通しながら、国王は顎髭を撫でて小さく唸る。
「ソール国の王子か……それを投獄したとなればことだぞ、ランドルフよ」
「まだ王子であると確定したわけではありません。それに万が一王子であったとしても、『犯罪者』を匿っていたことは事実です」
「竜族の娘か」
ランドルフは一呼吸置いて、はい、と返事をした。その後ろに控えていたシンシアが、一歩前に踏み出し上擦った声で訪ねた。
「あ、あの……アンジェラは、……あの女はもちろん、処刑になるのですよね!?」
彼女の顔は青褪め、胸元に置かれた手は震えている。ランドルフはそれを横目に見るだけで、すぐに視線を国王へ戻した。
「ふぅむ……被害人数を考えれば処刑をと考えるのが妥当だろうな」
「そ、そうですよね! あれだけ殺したのだから……それにランドルフ様のことも傷つけたのですよ!」
シンシアの表情にぎこちない笑みが浮かぶ。額には汗が滲んで、時々視線が泳いでいた。
「ランドルフよ、お前自身はどうだ。かの竜族の娘の処刑を望むか?」
問いかけに、シンシアの顔が強ばる。ランドルフは拳をきつく握り締めて、眉をぎゅっと寄せた。
アンジェラ。
誰よりも美しく、気高い竜族の娘。
出会いは偶然だったが、ランドルフは当然のようにアンジェラに惹かれた。いつか彼女をこの国の王妃に、とまで考えるほどには、ランドルフはアンジェラを強く想っていた。
それなのに彼女はどうしてあんな真似をしたのか。なぜあんなことをしなければならなかったのか。
「ランドルフ様……」
シンシアの声が聞こえて、ランドルフの頭に一つの過程が浮かぶ。
嫉妬、だとしたら?
アンジェラの行動の理由が、シンシアへの嫉妬であるとしたら。
気高い彼女が、そんなことをするはずがないとも思った。だけれどそれほどに、あんなことをしてしまうほどに、彼女が自分を愛しているのだとしたら?
ざわりと、ランドルフの感情が高ぶる。堪らない高揚感だった。
「……私は、彼女が罪を認めそれを償いさえすれば処刑する必要はないと思っています」
「ほう?」
シンシアの顔がさらに青褪めた。
「な、何を言ってますの、ランドルフ様! あの女がどれだけのことをしたのか、ランドルフ様が一番ご存知のはずでしょう!?」
「竜族の娘を処刑するとなればドラグニアが黙っていないでしょう。父上も、最初から彼女を処刑する気などないのでは?」
口元に笑みを浮かべたランドルフに、国王は瞳を細めてにたりと笑う。それから大きく声を上げて笑って見せると、椅子の手すりを指先でトントンと叩いた。
「ドラグニアの民の罪は、ドラグニアが裁く。我々が手を下すことすなわち、その国の終わりと言えるだろう」
「そ、そんなこと……」
「最初に言った通り、竜族の娘二人は交渉材料だ。……だが、なぁ、ランドルフ。街を燃やしたというその娘の力……使えるのではないか?」
「――と、言うと?」
「竜族と交渉し、竜族の兵士を借りずとも……レイニー国の兵士を撃退出来るのではないだろうか」
ぴくりとランドルフの眉が動く。シンシアは国王の言葉の意図がわからず、戸惑いの表情を浮かべていた。
国王はさらに笑みを深めて言葉を続ける。
「街を燃やしたというその炎。我が国のために奮ってもらおうではないか」
シンシアがはっと息を飲み、口元を抑えた。足元が震えて、少しずつ後ろへ後ずさる。
「彼女……アンジェラに、更に罪を重ねろと?」
「そうではない。敵国の兵士を撃退するということはこの国にとっての救世主も同然。身を挺して『国』を守ったとなれば、『街』一つ消したことは大した問題ではあるまい?」
なるほど、と、ランドルフは父親の考えに納得を示した。
そしてそれは自分自身にとっても、都合の良い条件だった。
罪人のアンジェラがこの国を守ることで罪を償えば、国民の何割かはその罪を許すだろう。そして何らかの理由をつけて街を燃やしたのは事情があったのだと触れ回れば、同情的にすらなるに違いない。
そうなればもう、自分と彼女を阻むものは何もない。
罪を犯した彼女は、きっとドラグニアへは帰れない。それでいい。帰すつもりもない。
自分と彼女はもう一度やり直すのだ。
「それでは僕は、彼女にそれを伝えてきます」
「そうしてくれ。何、断られたら弟たちを使え。言うことを聞けば彼らは釈放してやる、とな」
国王は愉快極まりない、といった表情でランドルフを見やった。ソール国の王子と名乗ったものが本当に王子であったとしても、ドラグニアの「力」を手に入れてしまえばこちらのものだと考えていた。
街一つを消してしまうほどの――化け物じみた強大な力。炎の加護を味方につけたクラウディアに負けはない。そう確信していた。
ランドルフの方は、国のことなどほとんど考えてはいなかった。ようやくアンジェラが自分のそばに戻ってくると、その想いしかない。
その空間の中でただ一人、シンシアだけが絶望を表情に刻んで立ち尽くしていた。
以前のように活き活きとした瞳の輝きは、とっくになくなっていた。
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