第77話 神様だって心は折れる

 シャバトマは目の前の黒田くろだと呼ばれていた少年に向けて力を解放した。

 如何に創造者に力を与えられていたとしても、しょせんは発展途上の人だ。

 それに余り大きな力は上位者の不興を買う。


 以上の理由から黒田に自分の攻撃をどうにかする力は無い。

 そう結論付けたシャバトマは唇の端を持ち上げた。


 しかし黒田を中心に立ち昇った光の奔流が消えた後、そこには無傷の少年が立っていた。


『……あの力に耐えるとは……君はかなりの力を与えられたらしいね』

「アンタがしょぼいだけじゃ無いの?」

『君……先ほどから神の力を馬鹿にし過ぎだよ』


 癇に障ったのかシャバトマの頬がピクピクと痙攣している。


『いいだろう。ほんの少し神の力を見せてあげよう』


 シャバトマは両手を翳し光の球を作り出した。

 だが、その光球は内部に発生した真っ黒な球体に吸い込まれ消える。

 黒い球体も光球を吸いきったと同時に、役目を終えた事を自ら悟った様に消滅した。


『相殺だと……馬鹿な……』

「何をしても無駄だよ。もう諦めてお縄につきなよ」

『人如きが……誰に対して物を言っている!』


「……そういう考え方だから坂野さかのの事も道具みたいに使ったんだね?」

『それの何が悪い! 我々が創造した命をどうしようと我々の勝手だ!!』

“……耳が痛いね”


 ほんの少し前までダバオギトも過去が原因で、星の命に感情移入しない様自分に課してきた。

 ゆうから見ればそれは個々の命を軽視している様に見えただろう。


“今なら分かるけど、アンタは違うよ……”


 悠は心の中で返答して次の行動をダバオギトに伝えた。


“本気かね……君はともかく私は持つかなぁ”

“アンタもちょっとは苦労しなさい”

“はいはい、分かりましたよ”


 心の中でやり取りして悠はシャバトマに向かって答える。


「素直に捕まるつもりは無いんだね……いいよ、無駄だって分かるまで付き合ってあげる……ここじゃ何だから移動しようか?」

『移動だと!?』


 シャバトマが驚いたのも無理は無い。

 空間転移は時間跳躍に次いでかなり高等な能力だ。

 目の前の少年を使っている創造者が力を与えているとすれば、上位者が課した規定に抵触する筈だ。


 そんなシャバトマの驚きを嘲笑う様に彼の視界は一瞬で切り替わる。

 周辺は一面の荒野。

 岩の大地に同様に岩で出来た柱がまばらに立っている。

 そこは周囲に生命の気配は感じられない不毛の大地だった。


『お前は一体……?』

「僕は川口悠かわぐちゆう。今はゲーム好きの高校生だよ」

『どこまでもふざけた人間だ……分かった、全力で消してやる!!』


 シャバトマが両手を振ると青白く輝く光の剣が生み出された。


「二刀流か。面白そうだね」


 悠も右手を振り光で出来た刀を作り出す。


「それじゃあ、戦おうか?」

『その余裕が何秒持つか試してやる!!』


 シャバトマは転移を使い悠の背後に移動すると首を落とそうと剣を振った。

 しかし振り抜いた剣は悠の刀に軌道を逸らされ斜め上に抜けた。


『何!?』


 シャバトマが攻撃を躱された驚きで気を散じた一瞬で、悠の姿は消えていた。


「単距離移動は視界が少し変な感じになるなぁ……」


 背後から声がする。

 気付けば自分の首に光る刃が据えられていた。

 咄嗟に転移、距離にして百メートル程離れた場所に体を移動させる。


「だから無駄だって言ってるじゃん」


 シャバトマの目の前で少年は微笑みを浮かべていた。


『何だ一体どうなっている!? どうして転移場所が!?』

「えへへ、ないしょ」


“君、楽しんでいるだろう?”

“……神様きどりで他人を弄ぶ奴が僕は一番嫌いなんだ”

“そう…だったね”


『舐めるな!!』


 シャバトマは美しい顔を怒りで醜く歪め、両手を振り上げた。

 大地が隆起し割れた大地からマグマが噴き出す。

 荒野は一瞬で太古、星が生まれた頃の姿に景色を一変させた。


「ワオッ! こりゃ凄い……でも僕には熱すぎるかな」


 悠がスッと手を振るとマグマは地割れに引いていき、隆起した大地は何事も無かった様に元の場所に収まった。


『……まさか創造者以外に上が力を与えて……いや、上位者が、奴らがそんな事をする筈がない!!』

「まぁ、好きなだけ暴れればいいよ。アンタが飽きるまで付き合うからさ」

『調子に乗るな途上人!!』


 大気が渦を巻き、地球上では起きえない巨大な竜巻と発生させた。

 竜巻は雲を呼び雨と雷が大地に降り注ぐ。

 大地は震え目に見える全てが激しく揺れ動いていた。


「ひゃー、まるでこの世の終わりだね!!」

“悠君……こんな状況で楽しいなんて君どうかしてるんじゃないか?”

「そう? 嵐ってなんかワクワクしない?」

“うう、君に引っ張られて気持ちは騒ぐが……正直、私はついていけないよ……”


 あれからどれ程の時が過ぎただろうか。

 もう何日、いや何週間、もしかしたら何か月かもしれない。

 実際は数時間程だがシャバトマにとって悠との戦いはそれ程に濃密だった。


『何故だ……何故全て無効化される……』

「さあ、どうしてかな?」

『クソッ!!! 弾け飛べ!!!』


 シャバトマが放った力の塊は瞬時に相殺され虚空に消えた。


『何故だ何故だ何故だァ!!!!!!』


 シャバトマは荒れ狂いのべつ幕無し力を行使した。

 しかし振るった剣は躱され、放った力も相殺される。

 悠にかすり傷一つ付けることが出来ない。


 何をしても、どんな奇跡を起こしても全てが元に戻ってゆく。

 徒労感はやがて絶望に変わり、シャバトマの抗う意思を浸食していった。


『何故だ……僕は神に等しい存在の筈だ……生命の……星の創造者の筈……なのに……』


 膝を突き、項垂れたシャバトマに悠は歩み寄った。


「もう諦めるのかい?」

『……僕は神だぞ……神なんだ……』

「あの、もしもーし?」

『……途上人に負ける筈ないんだ……僕は…僕は……』


 地面の一点を見つめたシャバトマはブツブツと呟き続けている。


“いわゆる、心が折れたって奴だろうね。流石にこの状態ならもう悪さはしないだろう。無力感を植え付けるっていう君の作戦は成功だ”

「じゃあ、終わりって事?」

“そういうことだね”


「なんだ、残念。僕はまだ全然遊べたんだけどなぁ……アンタの力のおかげで疲労も回復出来るし……」


“……おかしいよ君。少し時間戻しては何度もリトライとか、結果を確認して場所限定で時間を戻すとか……あんなの何が楽しいんだ”


「そうかなぁ……最高の結果を出せるし、壊れた土地を綺麗にできるの楽しくない? やり込みゲーマーなら大喜びだと思うんだけど……」


 呆れられた悠は、僕は面白いんだけどなぁと呟きつつ、ため息を吐くダバオギトに苦笑を返した。

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