英雄志願

第75話 合理主義と多様性

　悠（ゆう）が拳を振るってもシャバトマの笑みは消えなかった。

　その拳が顔に食い込むまでは。

『グッ！？』

　避けるつもりの無かったシャバトマはもろに攻撃を受けたじろいだ。

『何故だ！？　何故、神である僕に人が触れられる！？』

「何が神だよ。知ってるぞ、君、唯の元中間管理職だろう？」

『お前……神を愚弄するつもりか？』

「黒田（くろだ）……何だよそいつ……急に出て来たぞ！？」

　悠が殴った事で坂野（さかの）や加賀（かが）達にもシャバトマの姿は認識出来たようだ。

「うーん、何って言われると……そうだなぁ、ニートな人かな？」

『誰がニートだ！？』

「だって君、この星で閉じこもって悪さしかしていないんだろう？」

「黒田はそいつと話せるのか！？」

「うん……坂野はこいつの言ってる事分からないの？」

「だってそいつ聞いた事の無い言葉喋ってるぞ」

　ふむ、ここに来てようやくどんな世界でも言葉が通じていた訳が分かった。

　恐らく事務員が何かしたのだろう。

　……だったら文字も分かる様にしておいてくれたらいいのに。

“文字は膨大な量の知識を君の脳に注がないといけないんだ。いいのかい、パンクしちゃうよ君”

「……フランクに心を読むのは止めておくれよ」

“……悠君、試したい事がある調べる時間を少しくれ”

「……了解」

　脳裏に響いたダバオギトの声に答えつつ、シャバトマに視線を向ける。

「坂野、とにかくこいつは危険人物だ。君は加賀達と一緒に避難してもらえる？」

「お前はどうすんだよ？」

「僕はこいつをどうにかしないと先に進めないみたいなんでね」

　そう言ってチラリと後ろを確認すると、もう既に加賀達の姿はそこには無かった。

「……早いね。まぁいいや。坂野、君も早く」

「……分かった。気をつけろよ」

　坂野は悠を気にしつつ部室棟の裏から駆け去った。

『……君、神の眷属だな』

「眷属って……僕はただ仕事を請け負ってるだけだよ」

『なるほど……自分では手が出せないから人を使う事にしたんだな……相変わらず融通の利かない事だ』

「ねぇ、なんで君はニートになったの？　うっぷん晴らしとか言ってたけど……」

『ふん……君も神の仕事を手伝っているなら少しはルールを知ってるだろう？』

「えっと、直接関与しちゃ駄目とか何とか」

　シャバトマは悠の答えに満足そうに頷いた。

『そう。でも馬鹿馬鹿しいと思わないか？　僕たちは好きに星を弄れる力がある、創造者が足りないなら自然発生なんて待たず大量生産すればいいじゃないか？』

「それをするとオリジナリティが出ないって聞いたけど？」

　シャバトマはやれやれとでも言う様にため息を吐きながら首を振った。

『そんなの上位者の趣味の問題だよ。アイツらが色んな物語を見たいってだけさ』

「ふーん」

『だから僕は積極的に星に介入して創造者を量産してやったのさ』

「それで首になったと」

『そうさ……宇宙はもっと合理的に管理されるべきだ。バンバン創造者を生み出して広く大きく開発を進めてさ。そう思わないか？』

「……つまらなそうだね。アンタの宇宙は」

　悠の感想を聞いてシャバトマの目がスッと細くなった。

『君もアイツらと同じ事を言うんだね』

「アンタのいうアイツらって人達とは会った事無いけど……色んな世界、色んな人がいるから世の中は面白いと思うんだ。それにさ……人間をストレス解消の道具みたいに使う奴を許せる訳ないだろ」

　悠は拳を握り腰を落とした。

『なにやら力は授けられたみたいだけど、神と戦う気かい？』

「まぁね。どっちにしろアンタを倒すしか僕に道は無いんだ」

『さっきは油断したけど、君が勝てる可能性は万に一つも無いよ』

「だったら一万回以上戦うだけだ」

　そう言った悠の目を見てシャバトマは一瞬気圧された。

　彼の瞳が本気でそう考えている事を物語っていたからだ。

　しかしすぐにそんな事は不可能だとかぶりを振った。

『おろかな……』

　シャバトマは左手を持ち上げ手の平を悠に向けた。

『さようなら、狂気の愚者よ』

　言葉と同時に悠の周囲は青白い光に包まれた。

　気が付けば見覚えのある白い空間にいた。

　机の向こうの椅子にはダバオギトが座っている。

「事務員……」

「まぁ、座りたまえ」

　ダバオギトは珍しく真剣な様子で悠を見た。

　今までのお役所仕事的な雰囲気は微塵も感じられない。

「分かった」

　悠はそれを感じ取り素直に対面の椅子に腰かけた。

「……何から話すべきか……君に行ってもらった星は……」

　ダバオギトは以前、レミアルナとの話にも出た規定を破り星を再生させた話を悠に語った。

「ずっと異能者が何故生まれるのか謎だった……異能者は何処に発生するかランダムだし、シャバトマが裏にいるとは気付けなかったんだ」

「神様でも分からないの？」

「同格だからね。気配を消されて人を介在して力を行使されると感知出来ないんだよ」

「ふーん、それで僕はどうすればいいの？」

「今、レミアルナが上に掛合ってる……でも私は自分でシャバトマを何とかしたい……悠君、力を貸してくれないか？」

「力を？」

　ダバオギトは机に肘を突き両手を組んだ。

　掛けた眼鏡が光を反射し怪しく輝く。

「悠君、君の中に入りたい」

「なッ！？」

　悠はダバオギトの言葉を聞いて、一番にアレな関係が思い浮かんでしまい思わず椅子から腰を浮かした。