第74話 トリックスター

 部室棟の裏、男が四人地面に倒れうめき声を上げていた。

 それを見下ろす少年が一人と、彼の後ろに尻もちをついて怯えた視線を向ける少年が一人。

 その怯えた方の少年がもう一人に声を掛ける。


黒田くろだ、お前……」

「……助けられるのは今だけだ。だから次からは自分で戦うんだ」

「出来る訳ないだろ!?」


 坂野さかのはまるで悲鳴の様に叫んだ。


「坂野、戦うってのは、叩きのめす事じゃない……君が出来る事を探すんだよ」

「僕が出来る事……」

「そう、何だっていい。例えば加賀かが達から逃げてもいい。でも逃げる為には親を説得しないといけないだろう? それも戦いの一つだよ」

「逃げてもいい……?」


 言葉はゆうの今までの経験から紡がれていた。

 悠は何度も死んでやり直し、最適解を探して来た。

 絶望的な状況でも道は必ずあった。


 無論、坂野は死んでやり直しが出来る訳では無い。

 しかし悠が手を貸せば坂野が選べる道は必ずある筈だ。


「やっぱり無理だ……親父は俺が虐められてるなんて絶対に認めない」

「ん? どうして?」

「……親父は弁護士だ……表面上は社会派を気取ってて、人権問題とかでたまにテレビにも出てる」


「弁護士……なんだか権力使って色々出来そうだけど……」

「マスコミに嗅ぎ付けられるのを嫌がってるのさ……親父は自分のステータスを守る事しか考えていない……相談したら金をやるから穏便に済ませろって言われたよ」


 坂野は悲しそうに目を伏せた。


「ふむ……じゃあ、君の父親の守りたいってステータスを少し揺らそうか?」

「揺らすって……どうやって?」


 悠の提案に坂野はほんの少しだが興味を持ったようだ。


「テレビに出てるって事は有名人だよね? それに人権問題……坂野、君、動画の加工は出来る?」

「アプリを使えば簡単なやつなら……」

「よし、じゃあ匿名で動画を上げよう」


 手を打った悠に坂野が尋ねる。


「動画って何の?」

「君が虐められてる動画。時間を短くして顔は加工……あとは音声をカットすれば個人の特定は難しいと思うんだけど……」

「お前……本気か?」

「うん、本気」


 軽い調子で坂野に返すと、悠は地面に転がっている加賀に声を掛けた。


「ねぇ、君達も協力して貰えるかなぁ?」

「うぅ……てめぇ、こんな事してタダで済むといでてててっ!?」


 素直に協力してくれそうにない加賀の鼻を悠は思い切りつまんだ。


「高くて形のいい鼻だね。へし折ってもいいかな?」

「へし折るって……」


 悠は半ば本気でそう思っていた。

 度重なるループで、失敗してもやり直せばいいという考え方が彼には染みついていた。


「分かった!! 協力する!!」


 それが伝わったのだろう。

 加賀はすぐに首を縦に振った。


「黒田……お前、ホントはヤバい奴だったんだな」

「ヤバい、そう? こいつ等の方がヤバくない? だって君に暴力を振るってお金を巻き上げてたんだろ?」

「そうだけど……」

「だったら動画撮影に協力するぐらい安いもんじゃないか……そうだ。君たち、ちゃんと坂野にお金を返す様に」


 金の話が出ると加賀達は表情を曇らせた。


「どうしたの?」

「金なんてもう使っちまったよ」

「じゃあ、働いて稼いでね」


「なんで俺達がそこまでしねぇといけねぇんだよ!?」

「なんでって、人に暴力振るってお金を奪うのは立派な犯罪だよ? いいのかい垂れ込んでも?」

「てめぇ!!」


 声を荒げた取り巻きの一人は、悠と目が合うと黙り込んだ。

 悠は気付いていなかったが、様々な戦場を渡り歩いた彼に普通の学生が気迫で勝てる筈も無かった。


「よし! じゃあ撮影を始めようか!」

「なぁ、動画を撮ってどうするんだ? ネットに上げても話題になるとは思えないんだけど……」


「大きく話題になる必要は無いんだ、要は君の父親に届けばいい。人権問題を語る弁護士の息子が虐められてたなんて、けっこうなスキャンダルだと思うんだよね」


「……親父にヤバいと思わせればいいのか?」

「そゆこと。相談しても取り合ってもらえないなら、無視できないよう問題を少し大きくしよう。聞いてくれる体勢になったら、その時は坂野、君自身が父親に自分の気持ちをハッキリと伝えるんだ」


 坂野の顔にほんの少し希望が湧いた様に悠には見えた。

 勿論、そんなに上手くはいかないだろう。

 想定以上に拡散される可能性もあるし、個人が特定されるかもしれない。


 だがこれは手始めだ。失敗すれば別の道を探す。それだけの事だ。


『こまるなぁ、彼には僕のうっぷん晴らしの道具になってもらわないといけないんだから……』


 唐突に響いた声は悠以外には聞こえていない様だった。


「誰だ?」

「黒田?」


 様子の変わった悠に坂野が戸惑いの声を上げる。


『へぇ、君は僕の声が聞こえるんだ?』


 答えと同時に坂野の隣に中東風の服を着た真っ白い顔の美青年が何時の間にか立っていた。


“シャバトマ!? ……そうかこの星の異能者は奴が創り出していたのか……”

「事務員? 知ってるの?」

“私やレミアルナと同じ創造者だ、元だけどね。悠君、頼む奴を倒してくれ”

「言われなくてもそのつもりだよ」


 ダバオギトがシャバトマと呼んだ青年は坂野の肩に手を回し左の耳に唇を近づける。


『黒田は敵だよ。彼は君を晒し物にして嘲笑うつもりさ。騙されちゃいけない……』


 青年の言葉を聞いた坂野は先程までと打って変わって表情を暗くした。


「……なぁ、黒田。お前、僕を騙してないよな?」

「なるほどねぇ、君が坂野を追い詰めていたのか」

「黒田聞いてるのかよ!?」


 無視されたと思った坂野が声を上げる。

 悠はそんな坂野に歩み寄ると彼の目を真っすぐに見た。


「坂野、僕は味方だ」


 それだけ言うと悠はシャバトマのニヤついた顔に拳を叩き込んだ。

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