英雄志願

田中

第1話 主人公になりたい

 その日、川口悠かわぐち ゆうは車に撥ねられ死亡した。

 享年15歳、彼はいたって普通の何処にでもいるゲームとアニメとラノベ好きの高校生だった。

 彼はその日、学校帰りの道の途中、ボールを追って道路に飛び出そうとしていた幼い男の子を助けようと道路を渡り、突き飛ばした所で車に撥ねられたのだ。


 気が付いた場所は真っ白な部屋だった。

 部屋には机が一つと椅子が二つ。

 その椅子の片方に悠はいつの間にか座っていた。

 目の前の椅子には七三分けの如何にも事務員といった、黒いアームカバーを付けた眼鏡の男が座っている。


「えーと、川口悠君、十五歳、カルマは特に大きなプラスもマイナスも無しと」

「あのー、ここは何処ですか? 僕は確か車に撥ねられて……」


「うん、そうだね。君は車に撥ねられて残念ながら亡くなった」

「亡くなった……死んだって事ですか!?」

「理解が早くて助かるよ」

「死んだ……」


 ショックを受けている悠を他所に、男は眼鏡の奥の目を細めると満足気に頷いた。


「ここは生まれ変わる為の希望を聞く場所だよ。ちなみに君の場合は良い事も悪い事もほぼしてないから、前回と同じ感じの選択肢になるね」


 自身の死にショックを受けながらも、悠は良い事をしていないという男の言葉に疑問を覚えた。


「えっ? だって僕最後に男の子を……」

「ああ、あの子ね。あの子はボールを追いかけたけど、あのまま放っておいてもちゃんと道路の前で止まって左右を確認してたんだよ。いや、親御さんの教育の賜物だね……どちらかというと君の行為はあの子を無駄に突き飛ばしただけなん……」


 そこまで言うと役人は悠の様子に気が付いた。

 フルフルと震え目に涙を溜めている。


「そんな……僕、無駄死にですか?」

「いや、そんな泣かなくてもいいじゃない。天界だって情が無い訳じゃないよ。あれは善意の行いという事で子供に対する暴力は無かった事に……」


「うぅ……あれだけ自己犠牲的な行動を取れば……仮に死んだんだとしても、チートでハーレムも夢じゃ無いんじゃないんですか……」

「チートでハーレム……やれやれ君もなのかい? 最近多いんだよねぇ、そういう事を言う日本人の若者が……天界としても困ってるんだよ」


「グスッ、そうなんですか?」


 役人はしみじみと頷いた。


「そう簡単に君の言うチートでハーレムなんて手に入る訳ないだろう?だって考えてみたまえ、天下無双の力で戦国の世を治め、美女を侍らせるなんてそれこそ極僅かな英雄にしか成し得ない事だよ」


「……言われてみれば……グスッ…そうですね」

「だろう。だから君も夢を見ていないで、この佐藤さん夫妻のお子さんとしてだねぇ……」


 そう言って役人が示したA4サイズの紙には、恐らく二十代後半の男性とその妻らしき女性の写真がプリントされていた。


「……この人たちは?」

「君の御両親候補だよ」

「……どんな人達ですか?」


「どんな……現在の日本における一般的なサラリーマンとその奥さんという奴だね」

「そんな……別の選択肢は無いんですか? 凄いお金持ちとか滅茶苦茶美男美女とか……」

「うーん……」


 役人は数枚の紙を捲りながら内容を確認している。

 やがて悠を見て首を振った。


「無いね、残念ながら。だが君はいい方だよ。悪事を行った人間は選択肢が動物や酷いと微生物になってしまうんだよ。そうなると中々徳を積む事も難しくなる。獣は弱肉強食だからね。人に生まれ変われるってだけで善行を行う理性を持てるんだからラッキーじゃないか」


「グスッ……絶対に無理ですか?」


 悠は涙目で役人を見た。

 役人はやれやれといった様子で頭を掻くと、机から分厚い取説の様な本を取り出した。


「あるにはあるけどねぇ……これは君が好きなソウ〇シリーズだっけ? アレよりもかなりハードだよ?」


 ソ〇ルシリーズは悠が好んでプレイしているゲームのタイトルの一つで、ドSな難易度が売りのいわゆる死にゲーだ。

 まさか天界の役人が〇ウルシリーズを知っているとは思わなかった。


「一応、私、ここら辺担当してる神様だから」


 心を読んだ様に男が答える。


「えっ? 唯の下っ端役人じゃないんですか?」

「君ぃ、そういう事は思っていても口にしないもんだよ……まあいいけどね。あんまり神々しいと生き返らせてくれって頼む人がいてねぇ……お役所対応してると日本人は意外とすぐに諦めるから……」

「ああ……」


 確かに悠も学校で提出期限を超過した書類を受け取り拒否された覚えがある。

 規則ですからと言われるとそれ以上何も言えなくなるのだ。


「で、どうする? あまりお勧めはしないけど……」


 悠は自称神様が差し出した解説書を開き、そしてそっと閉じた。

 読む事を拒絶する難解な契約書の様な言い回しが延々と続いている。

 とてもじゃ無いが読む気になれない。


「これでお願いします」

「いいの? ちゃんと読んで納得しとかないと絶対後悔するよ。途中でキャンセルとか出来ないし……」


「……いいんです。僕、凄く頭がいい訳でも見た目がいい訳でもスポーツが出来る訳でもないし……あのまま生きていても……きっと生まれ変わってもずっとモブだと思うんです……だったらきつくても主人公したいんです」


「主人公したいか……人はみんな、自分の人生を生きる主人公なんだけどねぇ……私が説明してもいいんだけど、説明下手でねぇ……だから本にしたんだけど……ホントに読まなくていいの?」

「はい、難しくて多分読み切る前に力尽きそうですし……」


 神様は眼鏡を外すと悠の目を見つめた。


「本当にいいんだね?」

「お願いします」

「……分かったよ。じゃあその本の最後ページに名前を記入してね。記入したらもう後戻りは出来ないから」


 悠は手渡されたボールペン、先が黒い役所で良く見る奴で取説の最後のページに自分の名前を記した。

 神様は本を受け取り問題無い事を確認すると眼鏡を掛けて悠に手を翳した。


 光が溢れ神様の眼鏡のレンズが光を反射する。


「どうしても辛くなったら言うんだよ。人は無理だけど何かの獣として生まれ変わらせてあげるから」

「大丈夫ですよ。こう見えても根気だけはあるんで」


 溢れる光の中で神様だという男は悲しそうに首を振っていた。




「貴様、何をやっている!? さっさと銃を構えて応戦しろ!!」


 映画等で見た事のある鉄のヘルメットをかぶった野戦服姿の男が悠を怒鳴りつけている。

 視線を落とすと自分の手には鉄と木で出来たライフルが握られていた。

 周囲からは爆発音と恐らく銃弾が飛び交う音が絶え間なく聞こえてくる。


「早くしろよ愚図!! 奴らこっちの塹壕まで近づいてんだぞ!!」


 兵士らしい男が悠の横で引き金を引きながら怒鳴った。

 キーンという甲高い金属音と共に、銃から薬莢と金属片が吐き出される。


「……戦争?」


 そう呟き、回りを見ようと塹壕から頭を出した悠は頭部に強い衝撃を受けた。

 気が付けば悠は同様の場所で銃を握っている。


「貴様、何をやっている!? さっさと銃を構えて応戦しろ!!」

「早くしろよ愚図!! 奴らこっちの塹壕まで近づいてんだぞ!!」


 まったく同じ言葉が悠に投げかけられる。

 ソ〇ルシリーズ……死にゲ―……。


「……まさか、そういう事なのか?」

「おい! 何ボーっとしてんだ!?」


 隣を見れば先程の兵士が銃に弾を込めている。

 塹壕から顔を覗かせ銃を構えたその兵士の頭が吹き飛ぶのを見て、悠は甲高い悲鳴を上げた。


「新兵じゃあるまいしこの程度で取り乱すな!! それより早く撃て!!」

「だってさっきまで話して……」

「チッ、腰抜けが……」


 忌々し気に吐き捨てた上官らしき兵士は悠から視線を外すと塹壕から顔を出した。

 彼が銃を構える前にタタタタタッという連続した音が響き、次の瞬間には兵士の首から上が消えていた。


「そんな……」


 塹壕の中、悠の側にはもう誰もいない。

 ザッザッという土を踏む足音が聞こえ、悠が視線を上げると自分とは違う野戦服を着た兵士が銃口をこちら向けていた。


「あの……ぼ」


 答える前に引き金が引かれ、気が付けば悠は再度同じ場面に引き戻された。


「貴様、何をやっている!? さっさと銃を構えて応戦しろ!!」

「早くしろよ愚図!! 奴らこっちの塹壕まで近づいてんだぞ!!」


「……生き残って進むまで抜け出せないのか?」

「お前、大丈夫かよ……」


 兵士は様子がおかしい悠を見て首を振ると銃に弾を込め、そして再び頭を吹き飛ばされた。


 やっぱりループしている……隣の兵士達は当てに出来ないようだ。

 自分で切り開くしかない……。


 悠はライフルを握ると倒れた兵士の見様見真似で肩口に構え、塹壕から顔を出した。

 一瞬、視線の先に光が見え、悠の頭は再度弾けた。




 何度死んだだろうか、もう数える事も止めてしまった。

 光で敵の位置を確認し確実に仕留めるそれしかない。


 数百回の死を経て悠のライフルの扱いはベテラン兵士のそれになっていた。

 更に敵の配置、顔を出すタイミングも完全に物にしている。


「そこ、次、手榴弾、伏せ、三、二、一……」


 悠は取り立てて秀でた部分を持たない、平均点以下の高校生だった。

 しかし、ムリゲーと言われた作品を根気強く敵パータンを覚える事でクリアーする事だけは、それだけは誰にも負けない自信があった。


 プロゲーマーの様な素晴らしい反射は無理でも、パターンさえつかめれば……。

 敵が顔を出す前に照準を移動させ引き金を引く。

 敵兵達は射線に自ら飛び込む様に移動し、次々に頭を弾けさせた。


 人を殺す嫌悪感は早い段階で悠の中から消えていた。

 殺さなければ、こちらが殺されるのだ。

 彼は諦めて動物になるのだけは絶対に嫌だった。

 モブではなく主人公を……彼は前世では叶わなかったそれを、どうしてもしたかったのだ。


「弾を!」

「おっ、おう!」


 毎回同じ反応をする隣の兵士から弾丸を受け取りライフルに込める。

 気付けば悠は視界に入る全ての敵をほぼ一人で殲滅していた。


「お前……」

「なんて奴だ……」

「敵影無し、周辺の敵の掃討確認! ……やった……クリアーだ……僕はこれで英雄に……主人公に……」


 視界が突然切り替わり目の前に倒れた数人の男達と、こちらをギラついた目で見る中華風の服を着た男が現れる。

 場所は大きな家の庭、周囲を塀に囲まれ地面には建物へと続く石畳が敷かれていた。


「名門虎永拳こえいけんの使い手が聞いてあきれる。弟子がこの弱さとはなぁ」

「えっ? えっ? クリアーした筈じゃあ……」

「どうした弟子をやられて気でも触れたか? まぁいい、貴様を倒してこの道場は頂くぞ」


 悠が戸惑っている間に、目の前の男は突然間合いを詰め悠の胸を打ち抜いた。

 胸骨が砕ける音が骨を伝わり脳に届く。

 男の拳はそのまま悠の胸を貫き心臓を止めた。

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