第4話ー②
王都に着いたから遠征はおしまい! ってわけではなく、報告などいろいろと面倒くさい作業が残っていた。
でもそのすべてを、おじさんは他の騎士団員さんたちに押し付け、わたしとパンケーキを食べに行くと言い出したのだ。
普段なら小言のひとつやふたつ飛んでくる場面。それなのに、誰一人として文句など言わずに温かく送り出してくれた。
……おかしい。とは思うも、頭の中はパンケーキでいっぱい。
それなのに……。連れられて、最初に訪れたお店は洋服屋さんだった。おじさんの古い友人が脱騎士して営んでるお店らしい。
うん。そんなのはどーでもいいの! なんで洋服屋さんなの!
「ねえ、パンケーキは? パンケーキじゃないの?」
「ははっ。そうだな。俺も早く食いてえが、まずは嬢ちゃんの身なりを整えねえとな。パンケーキ屋の店主に舐められちまうかもしれねえ」
ちょっと意味わからないよ。なんなの。
今着てる服はどこにも穴なんて開いてないし。これでもお裁縫くらいできるんだから! ……あまり得意じゃないけど。
なんとなーく、おじさんが隠しごとをしていることはわかっていた。でもそれがなんなのかわからない。話したくなさそうだから、聞かないであげるけど。とりあえずはね!
お店の中に入ると店主らしき男の人が声を掛けてきた。
「おぉ、ゼンじゃないか! こっちに帰ってきてたのか! ……って、おい! こ、子連れ?!」
店主さんは驚くようにわたしを見てきた。
おじさんの古い友人というだけあって、悪そうな風貌をしている。
「おう。知り合いの娘でな。少しの間、面倒みるように頼まれてんだ」
え。お父さんとおじさんって知り合いだったの?
わたしはおじさんの手を引っ張り耳打ちした。
「(うちのお父さんと知り合いなの?)」
「(いんや。まあ、黙って頷いててくれ。このあとすぐパンケーキ屋さん連れて行くからよ)」
えー。それって嘘吐きじゃん。って思ったけど、おじさんはいつにも増して真面目な様子だった。
「驚いた。随分と懐かれてるんだな。まさかゼンのこんな姿を見れる日が来るとは思わなかった。長生きはしてみるもんだな」
「そ、そんなんじゃねえよ! ばかやろうめが!」
「ははっ。そういうことにしといてやるよ。で、今日はどういった用件だ? まさか客として来たわけじゃあるまい。お前が俺の元に来る時は決まって厄介事を持ってくるからな」
「いや、今日は普通に客として来た。この嬢ちゃんを令嬢っぽく仕立ててもらいたくてな。気品あるような感じで頼めるか? 金に糸目はつけねえからよ」
えっ。おじさん⁈ なにを言い出してるの? と思ったら店主さんは腰を抜かすように驚いていた。
「冗談だよな、ゼン……? 金に糸目はつけないだって? まさかお前が払うとでも言うのかよ?」
「ちっ。どいつもこいつも俺をなんだと思ってやがる!」
そう言うとおじさんは金色の硬化を数枚取り出し、棚の上にバンッと叩きつけた。
「……嘘だろ? なんの冗談だよ……?」
店主さんの表情は青冷めていた。これには覚えがあった。ついさっき見た門番さんたちと同じだ!
えーと確か、金貨は銀貨百枚分。銀貨一枚は銅貨十枚分だから……。
えっ?! パ、パンケーキ何個分なの?!
そう思ったら居ても立ってもいられなくなって、二人の間に割って入ってしまった。
「お、おじさん! パンケーキたくさん食べられるよ?!」
わたしはバサッとおじさんの手を掴んで言った。
「はははっ。パンケーキ勘定かよ。んまあ、心配いらねえよ。俺はケチかもしれねえが、金の使い方は間違わねえからな」
言いながら頭をぽんぽんしてきた。
おじさんは大きな誤解をしている。わたし、洋服なんて欲しくない!
「お洋服なんかいらない! パンケーキ食べよ? もう行こうよ!」
わたしはグイッとおじさんの手を引っ張った。
このままじゃ、お洋服を買っちゃいそうだったから。
「おうおう……。これは参ったな。まあ、仕方ねえか……。そうだよな……。ははは……」
またこの顔だ。困り顔。おじさんが困り顔をするときは決まってる。
いつだってはっきりと物を言うくせに。なんなの今日のおじさんは!!
「もういいよ。すきにして」
そう言ってプイッとするとおじさんは苦笑いをこぼした。
「悪ぃな。パンケーキ屋へはちゃんと連れてってやるからよ」
べつにそういうことを言ってるんじゃないのに! 今日のおじさんは本当に変!
わたしとおじさんのやり取りを見ていたからか、青冷めていたはずの店主さんは笑っていた。
その姿を見て、おじさんは圧をかけるように睨みつけた。
「おー、すまんすまん! まあ、お前が金を惜しまない理由はわかった。金に関してはなにも言うまい。で、令嬢仕立てだったか? どう見たって平民の子じゃないか。そんな子に背伸びをさせて、なにを巧らんでいる?」
空気が少し、ピリッとした。
「……なにもねえよ。こいつは平民の子じゃないからな。アストレア家の令嬢だ」
んんー?
わたし、そんな名前じゃないんだけど!
「な、なんの冗談だ? アストレア家って言ったら……」
「おっと。それ以上は聞いてくれるなよ。お前を巻き込む訳にはいかねえ。脱騎士して平穏に暮らしているお前にはな。でもよ、他に頼める相手も居なくてな。俺は今日ここに、ただの客として来た。それじゃあ、だめか?」
「……ゼン。ひょっとしてまた、視たのか?」
「まぁ、そういうこった」
暫し、沈黙が流れた──。
店主さんは頭を抱え、何かを深く考え込んでいるようだった。
視たってなにを?! アストレア家ってなに?!
すぐにでも聞きたかったけど、空気は重たくどんよりしていた。とても聞ける雰囲気じゃない。
それに、すきにしてって言っちゃったし……。
やがて、店主さんは覚悟を決めたような表情を見せると──。
「他でもないゼンの頼みだ。……それに客として来たのならそれ以上も以下もないのが商売ってもんよ! どこに出しても恥ずかしくない、立派な令嬢様に仕立ててやるよ!」
「悪いな。恩に切る!」
二人は熱い握手を交わし、その顔は笑みに溢れていた。
うん。わたしのことをほったらかしにして、勝手に決めちゃった。
…………もお、なんなの!
なんで前もって言わないの! アストレア家ってなに!
そもそも令嬢ってどういうことなの!
今日のおじさんは嘘吐きだ。お店を出たら問い詰めてやるんだから!
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