Little Little Lover
@aenZZ
第1話 真冬の出会いと壊れた眼鏡
「将来の夢はなに?」というのは、小さいころ誰もが一度は聞かれた質問だろう。花屋さん、野球選手、はたまたウルトラマン――それが叶う、叶わないに関わらず、子供のころの夢というのはバリエーションに富んでいた。
『背が高くなりたい』
それが俺の小さいころの夢であり、小学生ながらかなり切実な願いであった。
整列させられるときはいつも先頭。毎朝ある朝礼は憂鬱で仕方なかった。
特に今でもトラウマとして残っているのは小6のときの運動会だ。自分より背の高い下級生もいる中で先頭をきって行進する様は、自分の小ささを周りに公表しているようで、このとき以上に「背の順」なんていう制度を作ったやつを恨んだことはない。
そんな俺も小学校を卒業し、小さな体に大きな夢を抱いて地元の中学校に入学した。成長期に入れば身長もぐんぐん伸びるというのを知っていた俺は、小学校のときから牛乳を飲むことを欠かさなかった。それは、まるでロケットが打ち上げのための燃料を蓄えるようで、身長が爆発的に伸びることを俺は期待していたのだ。
――結果から言うと、俺の身長は伸びた。しかし、それは中学生男子の平均を下回るものだった。周りのやつらも同じように成長するわけだから、結局整列するときは一番前。俺の身長へのコンプレックスは変わることはなかった。
そして高校。さすがに背の順で整列することはなくなったが、同時に俺の成長もピタリと止まった。さすがに俺ももう半ば諦めに似た境地で、いたって普通の高校生活を送り、そして、今に至る。
藤川大樹、大学生、身長――159センチ――
◆
「うー、寒い」
肌を突き刺すような風が首筋を通り抜け、俺はお気に入りのマフラーに深く顔を埋めた。
「どうする、ファミレスでも寄ってくか?」
「お、いいね」
大学からの帰り道、親友の直弥の提案に俺はあっさり乗った。直弥とは一年前、大学のゼミで出会った。大きな体躯とは裏腹に人懐っこい性格で、いつもみんなの中心にいるようなやつだ。学内にも友人は多くいるらしいが、本人曰く、「大樹が一番馬が合う」らしい。ちなみに身長は180センチ、俺との差は21センチある。
他愛もない会話をしながら近くのファミレスに到着する。さて、今日はなにを頼もうか。ちょうどバイト代も入ったことだし、デザートもつけて豪勢にいくのもいいな。
俺がそんなことを思っていると、突然、直弥の携帯が鳴り出した。
「もしもし? ――あぁ――おう――わかった、じゃあな」
直弥は携帯を切ると申し訳なさそうに手を合わせて俺を見た。いや、申し訳なさそうな顔を作ってはいるが、俺にはその表情が微かに緩んでいるように見える。
「すまん! 美香が今から会いたいっていうからさ、今日キャンセルで!」
「また美香ちゃんか……」
美香ちゃんというのは直弥の彼女だ。俺たちの一つ下で、小柄でとても可愛らしい子だ(といっても俺より背は高い)。直弥と付き合い始めたのは一ヶ月前、周りの友人の情報によると、学内でも1、2を争うほどの“バカップル”らしい。なんでも、室内の温度を上げるのに一役かっているとか。今年の冬は暖房いらずだな、こりゃ。
「ったく、いつまでも鼻の下伸ばしてないで行ってこいよ」
「サンキュー! 今度なんか奢るわ」
そう言ってニヤケ顔の直弥は足早に今来た道を戻っていく。後に残ったのは、ファミレスの入り口でぽつんと立っている黒縁眼鏡の小男だけだった。
「帰るか」
寒空に呟いて、俺はもう一度マフラーに顔を埋めた。
◆
冬の冷たい風は人の歩みを早くするらしい。俺の目の前を通りすぎる人々は、みな白い息を吐きながら、せわしない足取りでどこかへ向かっている。それだけではない、冬はさらに厄介な現象を引き起こす。
「多いなぁ…カップル」
クリスマスも近いせいか、周りはたくさんのカップルであふれていた。寒さも手伝って、その距離はかなり近い。手を握るのはもちろん、腕を組んだり、一つのマフラーを二人で使ったり……冬の魔力は二人の仲を急接近させるようだ。
しかし、そうでない人間にとって冬は単に寂しさを助長させるだけのものでしかない。今まで何度こんな気持ちを味わってきたことか。
ふと、道端にいたカップルが直哉と美香ちゃんの姿とダブった。今頃二人で仲良くデートしてんだろうなぁ……。急に寒さを強く感じてきた俺は、温もりを求めてコンビニに行くことにした。今の俺を暖めてくれるのはコンビニの肉まんだけだ。
しばらく歩くと横断歩道に差し掛かった。ここをまっすぐ行けばコンビニに到着する。信号が青に変わるのをぼーっと眺めていると、俺の視界の端にある光景が映った。
「ん?」
ビルの陰に二人の男の背中が見える。その間にいるのは一人の女の子。その顔には明らかに困ったような表情が張り付いている。どうやらナンパのようだ。初めはあまり気にしていなかったが、男たちの誘いがあまりにもしつこい。二人で囲むようにしているため、女の子も逃げ出せないらしい。この状況は彼女にとって恐怖だろう。
(あれ、俺の中学のときの制服じゃないか?)
男たちの背中になぜか見覚えがあると思ったら、あれは俺が中学生のときの制服だった。いかつい大男ならまだしも、相手が中学生と分かれば話は別だ。コートのポケットに眼鏡を押し込むと、背丈と同じくらいの小さな勇気を振り絞って、俺は現場に足を運ぶ。正直、下心がまったくなかったかと言えば嘘になる。うまく彼女を助けた後に「お礼にお茶でも行きませんか?」なんて誘われた日には、天にも昇る気持ちだろう。これがきっかけで二人は付き合って――。
なんて不埒な妄想は、現場についた途端どこか遠くに行ってしまったようだ。たぶんハワイあたりの暖かいところに。
「なんスか?」
しまった。最近の中学生は発育がいいのを忘れていた。不機嫌そうな顔で大学生の俺を見下ろす中学生二人。そして、俺に助けを求めるような彼女の視線が痛い。
「いや、その子、嫌がってるんだからさ……やめてあげたら……どうですか?」
自分より四つ以上は年下の人間に敬語。自分の情けなさに涙が出そうだ。しかも、向こうも俺が年上だと思っていないらしい。
「てめぇには関係ねぇだろ!」
「いちいち口出してくるんじゃねぇよ」
二人の注意は完全にこちらに向いている。今のうちに逃げてくれればいいのに、彼女はそんな気配もない。恐怖で足がすくんでいるのか、それともこんな俺が本当に助けられるとでも思っているのか……。どちらにしろ、この状況は非常にマズい。だってほら、男たちがまるで古いチンピラ映画のように、指の骨を鳴らし始めている。
――あぁ、こりゃあ終わったな――
俺は心の中で十字を切った。
そのときだった。俺の横を一迅の風……いや、人影が通り抜ける。次の瞬間、男の一人がアスファルトの上に突っ伏していた。
「てめぇ!!」
もう一人の男が拳を振り上げて襲いかかるが、今度は見事な一本背負いが決まった。ここまでたったの3秒。思ってもみない援軍によって、とりあえず最悪の事態だけは免れた。
「あ、ありがとう」
そう言って手をさし出した俺は、いつの間にか、真っ白な空を見上げていた。視界が途切れる刹那、最後に聞こえたのはポケットの中で何かが砕ける音だった。
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