第50話
サインの力で加速したデニスの槍による一撃は、確かにザシャの首を獲るはずだった。
しかしその間に入る人影がある。それはなんと、新神教兵だった。
「この攻撃の反応速度についてこられるだと!?」
デニスが驚くのも無理はない。新神教兵は全身に重い鎧を着ており、この攻撃速度についてこられるわけがなかったからだ。
そう、ただの人間ならそうだ。
デニスの槍が新神教兵の胸を貫いた時、その違和感に気付く。新神教兵は腰から下が人間の形をしていなかったからだ。
「身体改造呪術……!」
その新神教兵は脚が足の速い獣人族のような歪な形をしていた。これなら一度の跳躍で人族離れの速度を出させるだろう。
だが本来、身体改造呪術は禁呪だ。特に新神教ではタブーとされている業のはずなのだ。
「異教徒を狩る者は異教徒に近づく、それは必然なのさ」
ザシャはゆっくりとこちらを向き、破壊のサインの力で新神教兵を貫いたデニスの槍、ボーに触れて破壊しようとした。
「くそっ!? 城塞砕き!」
デニスはザシャとの至近距離で神器解放を行い、再び白い閃光と共に力がぶつかり合う。
そのおかげか、威力の反動で距離をとった時デニスの神器であるボーは無事だった。だが、ザシャにも傷1つ作れていない。
「……本来なら身体改造呪術は原神教由来なうえ、そこでも禁止されている。だが俺たちは神の敵を討つためなら、どんな禁止事項も許されるのさ」
ザシャは身体に浴びた新神教兵の肉片と血しぶきを袖で拭いながら、デニスに語り掛ける。
「敵の禁術は自分たちの力ってわけか。敵を狩る者は敵に近づく……、そいつは教えに反してないのか?」
「さあな? 神の御加護はどれだけ奉仕したかだ。方法や過程はどうでもいいんじゃねえのか?」
狂信者でも手段の方は無頓着ならしい。けれどもこれは大誤算だ。
身体改造呪術があるとすれば、獣人族特有の身体的優劣差は完全に埋められるどころかそれ以上になる。
実際のところデニスの周りでは、膂力やスピードを身体改造呪術で向上させている新神教兵がところどころで見られ、エリート獣人族兵でさえ押されているようだった。
「……身体改造呪術は一度手を加えたら元の身体に戻れない。それでもいいのか?」
「俺たちはいいんじゃねえのか? 少なくともこの力は便利だぜ」
ザシャは語る共に左腕が不自然に膨張する。
どうやらザシャもまた身体改造呪術で身体を強化していたようだ。
「奥の手か、クソッ!」
ザシャもまた狂信者である前に、化け物になるという願望がある異常者だ。それならば新神教兵以上に身体改造は望むところのはずだ。
ザシャは目にもとまらぬんスピードで駆けたかと思うと、一瞬でデニスとの距離をゼロにする。
そしてアダマスの鎌を振るうと、デニスの身体を庇う槍のボーをいとも簡単に弾いた。
「そらっ、アンカーサイズだ!」
ザシャの神器解放であるアンカーサイズにより、ボーとアダマスの鎌が半透明な鎖で繋げられる。
デニスは必至にボーへしがみつくも、二度目の大鎌の攻撃が襲い掛かった。
「敵は俺だけじゃねえぞ!」
2度目の攻撃を防いだと思いきや、デニスの後方から身体改造をされた新神教兵が襲い掛かってくる。
デニスは咄嗟にボーで攻撃を受けようとするも、アンカーサイズによる拘束で思うように操れなかった。
「ぐあっ!?」
新神教兵の重い一撃がデニスの鎧に直接打突する。
辛うじてデニスの鎧が変形して身体が僅かに凹むだけで済んだものの。こんな攻撃を何度も受ければ内臓が潰れかねない。
「さてっ。こいつは頂くか」
デニスはついに槍のボーを手放してしまい、アンカーサイズによってザシャの元に引き寄せられる。
「価値のあるものらしいが、俺には要らないものだな」
ザシャは釣りをするように槍のボーを引き付け、破壊するために右手でそれを受け取ろうとする。
その時だった。
「神器解放! 小怒破砕!」
「!?」
ザシャがデニスの得物を受け取る寸前、その横から割って入る人影があった。
「……テメェ。何者だ!」
ザシャが右手のサインで攻撃を受け止めるも、武器は破壊されない。
なにせそれはベガルタと呼ばれる神器の神姫解放攻撃だったからだ。
ザシャは青い衝突によりザシャを弾くと、代わりに槍のボーを受け取った。
「僕の名前はカンタン! 魔族の村の代表だ! 義によってデニスさんに加勢する!」
カンタンはデニスにボーを投げ渡すと、自らザシャに挑みかかった。
「気を付けろ、カンタン! そいつは破壊のサインを――!」
「大丈夫です!」
カンタンはベガルタを操り、次々とザシャに斬撃を繰り出す。それに対してザシャは右腕で受け止めようとするも、破壊には至らない。
何故ならば、カンタンの一撃一撃が神器解放による淡い青に包まれた攻撃だったからだ。
「……そうか! ベガルタの神器解放は少ない魔素で済む。その上元々魔素適性のある魔族なら連撃が可能か!」
デニスは思いも寄らぬカンタンの適正と、ザシャのサインの力との相性の良さに驚いた。
「義を持つものはカンタンだけではない!」
「ぬっ!?」
今度はカンタンを援護するように大剣が振り下ろされる。
ザシャはカンタンを防ぐために使っている右手の代わりに、アダマスの鎌でその一撃を防御した。
「ぐっ!? うぜえ!」
大剣の一撃は非常に重く、アダマスの鎌の軌道が狂わされる。だがそれだけではない。その人物は大剣の刃を握りつつ小さく構えると、大剣とは思えぬ連続攻撃を繰り出したのだ。
「ちぇええええええいっ!」
しかもその背後から大太刀が一直線に縦へと刻まれ、ザシャの背中に一筋の剣筋が刺さったのだった。
「ぐあっ!?」
「背中からの攻撃、御免ッ!」
大剣の攻撃の主はヨーゼ、それに大太刀を持つのはゴロウだった。
ザシャはへばりつくように3人から距離をとるも、更にデニスの追撃が待っていた。
「しまっ――!」
ザシャはデニスの攻撃に反応できず、その鎧を身体ごと槍で貫かれ、苦悶の表情をした。
「ぎいいいいいいっ!」
ザシャは虫のような悲鳴を上げ、貫かれた横っ腹を支えつつ転がる。
「デニスさん! 周りの新神教兵は片づけました!」
その上、デニスを攻撃していた取り巻きの新神教兵はもういない。形勢は一挙に逆転、デニスたちが上回っていた。
「ちっ! だが新神教兵はまだまだ――」
ザシャがそう言いかけた時、白兵戦の場が白い煙に包まれる。
「この魔法は!?」
途端、新神教兵が奇襲によって次々と倒れる。その攻撃の主は黒と紫の鎧を着た、魔族の正規兵たちだった。
「遅れてごめんなさいです」
「いや、魔王城以来のいいタイミングだ」
デニスの隣で白い煙が上がったかと思えば、そこから魔族の女性が現れる。
それはもちろん、煙魔法を操るエメだった。
「くそっ! くそっ! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがる!」
ザシャは悔しそうに腹を抑えつつ悔しがるも、急に顔が嘲笑に変わった。
「だったら、俺も覚悟を決める時が来たようじゃねえか」
ザシャは何かぼそぼそと呪文を唱えたかと思うと、肉の身体が鎧を突き破って膨らみあがり、異形へと変化し始めた。
けれどもそんな些細な変化など、デニスにとっては僅かな脅威でしかなかった。
「エメ! カンタン! ゴロウ! ヨーゼ!」
デニスは後ろにいる頼もしい仲間の名を呼び、自身を鼓舞した。
「これが最後の戦いだ。俺について来い!」
理想郷のために集った5人はそうして、肉の山となったザシャとの最終決戦に入るのだった。
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